反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(10)







 8月14日の夜、タンネンベルク侯にハイドリッヒ・ラング社会秩序維持局局長からの連絡が入った。至急会いたい、とのことであるので、軍務省までやってくるように指示する。連絡があってから三十分ほどで、ラングが到着しあたふたと軍務尚書執務室に入室してきた。

「どうした?かなり慌てているようだが。動きがあったのか?」

 機先を制し、ラングに問いかけるタンネンベルク侯である。ラングは汗を拭き拭き侯爵に答えた。

「その通りでございます。奴らは、明日か明後日あたりに動きを見せますぞ。全ての行動が、それを指し示しております。目的はやはりシュワルツェンの館、グリューネワルト伯爵夫人のようですな。しかも・・・・」

「しかも、何だ?」

「かなりの武器弾薬をアジトに運び込んでおるようでして。人員もそれなりにいるようなので、警察機構だけでは鎮圧は困難です。ここは是非、重装備の軍を投入して頂きたい、と考えておる次第にございます」

 そう言ったラングは、タンネンベルク侯に記録用のメモリーディスク一枚を差し出す。侯爵はそれを受け取ると、データを端末の画面に表示させた。それを見る限りでは、そこそこの地上戦が展開可能な程の武器弾薬が、ロイエンタールらのアジトに搬入されていることを物語っている。

「ふむ、少々泳がせ過ぎたかな。ここまでのものなら、もはや躊躇は要らぬ。放置しておくのは危険だ。直ちに軍を動員し、鎮圧させよう」

 タンネンベルク侯は電話を取ると、シュタウフェンベルク少将を呼び出した。五分ほどで、少将は侯爵の執務室に入ってくる。

「シュタウフェンベルク少将、卿は帝都地区に駐屯する装甲擲弾兵部隊を動員し、賊軍のロイエンタール大将らが潜入している帝都の拠点を鎮圧せよ。場所、敵の装備等の詳細なデータはこのディスクにある。また、この賊軍潜入部隊の調査は社会秩序維持局が行っていたので、ここにいるラング局長を連れていって詳細な話を聞くが良い」

「何と・・・・何時の間にそのようなことが。これは驚きました」

「今から兵を動員して、いつ頃鎮圧行動に入れるか?出来れば、払暁に行うことが望ましい。この時間帯に奇襲を掛けられれば、味方の損害も少ないのでな。夜が完全に明けてからだと、敵に対処する余裕が出てくる」

 単刀直入に要求するタンネンベルク侯である。侯爵の言う通り、敵が寝込んでいる可能性が高い、夜明け前を襲撃するのはベストの選択だ。

「さようですな、今から大至急兵を動員して配置に付けるのに4〜5時間程度、というところでしょうか。払暁の奇襲は可能です」

「よろしい。ではそれで行こうか。卿はラング局長と一緒に、ロイエンタール大将らの潜入勢力を鎮圧すること。緊急性を用するので、取り敢えず口頭の命令とする。正式な命令書は後だ。私は、宰相閣下に事態をご報告する」

 シュタウフェンベルクは敬礼すると、ラング局長を伴って退出した。タンネンベルク侯も、続いて軍務省を退出し、宰相府に赴く。リッテンハイム公爵に事態を説明し、鎮圧行動の認可を受けるつもりである。



「どうした、このような夜更けに。そろそろ、私邸の方に帰ろうと思っていたところだが」

 リッテンハイム公は、不思議そうな顔で、入室してきたタンネンベルク侯を見た。

「少々容易ならざる事態が発生しておりまして。夜明け頃、市街地で若干の地上戦闘が生起することもあり得ます。静かに済めば重畳なのですが」

 タンネンベルク侯の説明に、リッテンハイム公は目を見開く。

「なに、それはまったく穏やかではないな。何故そのようなことが?」

「実は、しばらく前から賊軍のロイエンタール大将の率いる潜入部隊が、帝都にやってきています。彼らを発見した社会秩序維持局に命じて、監視を続けさせていたのですが、いよいよ行動を起こすところにまでなってしまいました。装甲擲弾兵に命じて、それの鎮圧をさせますので」

「ロイエンタール?ああ、金髪の孺子の部下か。そやつが、オーディンに来ていると?」

「さようでございます。ローエングラム侯の部下の中でも、優秀な方の一人ですな」

「で、そやつらは何をするつもりなのだ?わしやサビーネが狙いなのか?」

「そうではありませぬ。それに、皇宮も帝国宰相府も警備が堅く、そのようなことは自殺行為でしかありませぬな。彼らの狙いはグリューネワルト伯爵夫人の奪回でございます」

「なるほど、孺子の姉か。何が何でも取り戻す、ということなのだな」

「その通りでございますな。やはり、グリューネワルト伯爵夫人は、ローエングラム侯にとっては致命的な弱点のようで」

「ふははははははは、確かにそうだ。あの孺子は、『スカートの中の大将』と揶揄されたこともあるくらい、姉にだけはこだわっているようだからな」

 それを聞いて、リッテンハイム公は笑い出した。

「しかし、わしは今までそのような話は聞いておらぬな。卿は前から知っていたのか?」

 リッテンハイム公の若干不審を持ったような疑義の表明に、タンネンベルク侯は直ぐに答えた。

「その通りでございますが、正確な情報が入るまで、と思い私のところで止めておりました。それに、これは社会秩序維持局のような、悪く言えば『犬』の仕事にございます。宰相閣下のお耳を汚すこともないかと思いまして。しかし、鎮圧行動に出るとなれば、そうはゆきませぬ。市街地での戦闘もあり得ますので、宰相閣下のお耳に入れておくべき、と思い参上した次第にございます」

「あい解った。卿の判断で正しかろう。孺子の部下がやってきた程度の話なら、たかが知れておる。わしが、一々指図する程のことでもなかろうしな。以後の処置も卿に一任しよう」

 リッテンハイム公はそれ以上文句を続けることはなく、タンネンベルク侯のやりようを追認した。実際、リッテンハイム公はロイエンタールなど大した相手と認識していないので、タンネンベルク侯に任せても何ら問題はない、と思っていたのだ。

「ご理解いただきありがとうございます。ところで、この潜入部隊の発見については、最大の功は社会秩序維持局にございます。鎮圧が成功した時点で、宰相閣下よりラング局長へ、お褒めのお言葉をいただけないものか、と愚考いたしますが。ラング局長も感激し、今後いっそう陛下と閣下の為に忠義を尽くすと思われますので」

「うむ。それくらいは何でもない。感謝状くらい、いくらでも出してやるぞ」

 タンネンベルク侯の要請に、リッテンハイム公は二つ返事で答えた。それを聞いて、タンネンベルク侯は一礼する。

「それでは、私は後の始末もありますので、軍務省の方に戻ります。余程の緊急事態が発生した時には、閣下のご邸宅の方にご連絡差し上げるかも知れませぬが、先ずそのような事にはなりますまい。ご安心のほどを」

 タンネンベルク侯はそう告げると、リッテンハイム公の前から去った。



「小父上、いつまであの男に、好きにさせておくのですか?」

 明らかに欲求不満の塊のような物言いで、リッテンハイム公に話しかけたこの男。現在、帝国宰相秘書官を務めている、ヘッセン子爵である。その目は、タンネンベルク侯爵が出ていった扉を、憎々しげに見つめていた。

「何だ、カール。何を怒っている?」

 遠縁にあたるヘッセン子爵に、リッテンハイム公は気安い調子で話しかけた。しかし、ヘッセン子爵の様子は変わらない。

「あの男、タンネンベルクに好き勝手をやらせておくのは、小父上の為になりませぬ。従順なふりをしているだけで、そのうち、小父上の権力を簒奪することを狙っているに相違ないのですからな。金髪の孺子と同じ、いやそれ以上の叛逆者となりうるでしょう」

 リッテンハイム公の言うことはまるで聞こうとはせず、自分の感情ばかりを叩き付けるヘッセン子爵であった。これには、リッテンハイム公も、苦笑せざるを得ない。

「解った解った。カール、お前は疲れているのだ。早く休め」

 ヘッセン子爵の言うことを、まともに取り合おうとしないリッテンハイム公であった。さすがに、いくら何でもヘッセン子爵の言いようは、馬鹿馬鹿しく偏見に満ちたものでしかないからだ。そして、知らん顔で宰相の執務室から退出する。「小父上」のてんで相手にしないような反応に、子爵は更に不機嫌になったが、あらかさまに反抗する訳にもいかず、それ以上続けられはしなかった。しかし、タンネンベルク侯に対する憎悪は、彼の中では極大にまで達しているのは確かなようだ。

「畜生、小父上はあの男の危険さが解っていないのだ。奴の危険性に気付いているのは僕だけだ。大体、横から突然ぽっと出てきたくせに、サビーネの結婚相手の最有力候補だなんて、ひとを莫迦にしているぞ。そうはいくか。サビーネは誰にも渡さないから、覚えていろ!」

 暗い情熱をサビーネに向けているヘッセン子爵である。実際、この男は、サビーネ個人に対する想いというよりは、リッテンハイム家の当主の座を狙って、サビーネを我が物にしようと延々と画策していたのだ。しかし画策とはいっても、根拠は全くないのに、そのうち自分がサビーネの婿としてリッテンハイム家に迎えられることが当然、と思い込んでいたというだけの話である。リッテンハイム公爵はそのようにヘッセン子爵を娘婿として迎えようとは思ってもいなかったし、サビーネ自身も「遠縁の子爵家の当主で兄代わり」のヘッセン子爵に、そういう感情は持ってもいなかった。そのサビーネが、銀河帝国皇帝となってしまい、婿の座が遙かに重みを増すようになってしまった今では、その願望は果てしなく大きくなっていたのだ。ところが現在のところ、銀河帝国新皇帝の婿の最有力候補は、タンネンベルク侯で衆目は一致している。名門の当主という毛並みの良さと、その軍事面の傑出した能力。神聖不可侵なる皇帝とのつり合いを考えれば、ヘッセン子爵が逆立ちしても敵う相手ではない。それ故、彼の憎悪は、タンネンベルク侯に激しく向けられることになる。子爵は、今回の戦役ではオーディンから逃げ遅れ、ラインハルトらに拘禁されていた。タンネンベルク侯のオーディン制圧により、拘禁から解かれたのであるが、そのことを感謝するどころか、あっという間にリッテンハイム陣営の主要人物にのし上がってしまった侯爵に、分不相応な妬みと激しい対抗意識を燃やしている。実際のところは、対抗するどころかライオンの前の鼠でしかなかったのだが、「思惑」というものは、必ずしも力の優劣の通りに推移するものではないことは、歴史が証明していると言えるだろう。今後どのようになるにしても、リッテンハイム陣営にも確実に「不和」の種は存在する、というところだ。



 タンネンベルク侯は軍務省の執務室に戻り、矢継ぎ早に指示を出す。要員を大会議室に集め、情報収集機能と作戦指揮を統括する、鎮圧作戦の総司令部を立ち上げるのである。途端に、軍務省内は慌ただしくなっていった。さすがに、軍務省ともなれば、24時間体制で運用されてはいるものの、普段は深夜に入れば要員の数も減る。それが、この日はそうではなくなった。深夜であるにもかかわらず、大勢の要員が忙しく走り回り、熱気に満ちた様子だ。帝国軍最高司令官タンネンベルク元帥自らが総指揮を執り、鎮圧作戦司令部の設立を命じたのであるから、そうなっても当然の話ではある。

 午前1時を回ったところで、「賊軍潜入部隊鎮圧作戦司令部」が正式に発足し、機能し始めた。総司令官は、そのままタンネンベルク侯爵が務めている。

「シュタウフェンベルク少将、現在の状況を報告せよ」

 すでに、実働部隊の指揮を取るシュタウフェンベルク少将とは、通信回線が常時接続されており、必要な時には適宜情報を入手できるようになっていた。また、音声通信だけではなく、データ通信回線も開設しているので、作戦司令部中央のモニターに映し出された帝都の地図に、中央に赤で光って表示されているロイエンタールの拠点を目指し、移動しつつある各部隊の緑のシンボルが、リアルタイムで表示されている状況だ。

「はっ。現在、小官の戦闘指揮車は、駐屯地より出発し、目的地に向かいつつあります。先ずは敵のアジトに通じる道路を全て封鎖し、徐々に包囲網を狭めてゆき、夜明け直前に突入作戦を開始する、との手筈でありまして。最悪の事態に備え、軽装甲の装甲戦闘車だけではなく、戦車も用意しているところです」

「よろしい。そのまま戦闘指揮を継続するように」

「諒解しました」

 続いて、タンネンベルク侯爵は、帝都上空に張り付いている艦隊への回線を開かせた。

「ティールマン准将、そちらの配備状況はどうか?」

 フェルナーが調査した通り、現在はオーディンのタンネンベルク艦隊の大部分が、シュタイナー中将の総指揮による演習中で、15日までに残りのほとんどが帝都から離れる予定だった。最後に残っている艦隊が、中将麾下のティールマン准将の分艦隊である。数は二千隻、これも明けて14日午後には、演習宙域に移動する予定であった。しかし、タンネンベルク侯爵は予定を変更し、ロイエンタール潜入部隊の鎮圧が終わるまでは、ティールマン分艦隊に上空警戒を行わせるつもりだ。何しろ、いかに地上を固めたところで、仮に数隻程度でも上空に艦船に侵入された場合は、地上部隊では先ず対抗できない。駆逐艦や巡航艦程度でも、装甲擲弾兵にはどうしようもないのだ。万が一の敵の支援艦船侵入を阻む為に、上空を押さえておくことは、当然必要なのである。

「はっ、現在、分艦隊主力は、帝都上空にて警戒中です。鎮圧作戦が始まったところで、一部の艦船を降下させて、ワルキューレによる直上警戒も行う予定です」

「諒解した。そのまま警戒を続けるように」

 タンネンベルク侯爵はティールマン分艦隊への連絡を終えると、黙って中央の戦況スクリーンのモニターを眺めた。あとは、全ての準備が整い、始まるのを待つばかりだ。



「お前は、生まれてくるべきではなかったのだ」

 ロイエンタールを苛む悪夢が、いつものように襲いかかってきていた。年の離れた父に嫁いだ母、そのギャップを金銭だけで埋めようとした父。男遊びに走り、夫婦ともに青い瞳にもかかわらず、青い左目、黒い右目の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)で生まれた子に、夫ではなく黒い瞳の愛人の姿をそこに見て取り、我が子の目をえぐり出し、証拠隠滅を図ろうとした母。その母が自殺したあと、酒乱気味になった父が繰り返し呟いていたこの科白が、母親に目をえぐり取られそうになった赤子の記憶とともに、ロイエンタールの精神的外傷となっている。

「!!!!!」

 いつもよりたちの悪い夢に、ロイエンタールの目は覚めた。まだ夜明け前である。心臓の動悸が激しく、かなり発汗していた。

「俺としたことが、精神が高ぶっているのだろうか。明日が作戦決行の日だ、ということで。ここしばらくは、この夢は見なかったのだがな」

 自嘲気味に呟くと、ベッドから体を起こし、寝酒の残りのワインを口に含む。無理にでも寝ておかなければ、明日の作戦決行時の体力に差し支えがある。しかし、再度ベッドに横になっても、動悸が収まらず、不安感は増大してゆく一方である。一体これは何だ?と思ったその時である。

「なっ!!!!」

 突然、複数の投光器から館全体に圧倒的な量の光を投げつけられ、周囲は昼のように明るくなった。そしてガラスの割れる音、銃撃音、館の中に立ちこめる催涙ガス。あまりの事態の急変に、ロイエンタールと雖も頭が付いていかない。しかし、いつまでもそうしているロイエンタールではなかった。

「全員、起きろ!察知された!!」

 ロイエンタールは飛び起きて館内を走り回り、事態の急変を全員に報せる。そして武器置き場から銃を取ると、窓際に寄って外を見た。

 事態は最悪だった。敵は装甲車と戦車を連ねて布陣しており、圧倒的な銃火のもと、突入部隊がじりじりと低い体勢で前進してきている。それに対してこちらは、寝込んでいるところを襲撃された上、催涙ガスまで投げ込まれており、まともに抗戦できるような有様ではない。

「くそ、何たるざまだ。全くいいように奇襲されてしまったのか!!」

 悔しがるロイエンタールだが、その一方で事態を冷静に見つめてもいた。全く、勝ち目がないことは明白である。

「提督」

 フェルナーが起き出してきて、ロイエンタールに近づいて来る。手にはハンドキャノンを持っていた。

「卿か。どうやら、万事休すのようだ。敵は、完璧に準備を整え、襲ってきたらしい。手も足も出んな。脱出もおそらく不可能だろう」

「そんな・・・・ことが・・・・」

「ここまで手際がいいということは、かなり前から察知されていたのかも知れん。俺たちが、知らなかっただけの話で」

 無言になるフェルナーである。ロイエンタールは続けた。

「さて、どうするか。選択肢は二つだ。一つは戦って死ぬ、一つは降伏して生き長らえる。卿ならどうする?」

 フェルナーはそれを聞くとハンドキャノンを構え、窓外の敵に向かってぶっ放した。爆発が起こり、前面に出て館に接近していた何人かが吹っ飛んだ。フェルナーとしては、一度貴族連合軍を裏切った以上、許される可能性はない、と考えたようである。いかに、ブラウンシュヴァイク公のもとから離反しただけで、今ここにいるのはリッテンハイム公の貴族連合軍だとしても。

 しかし、フェルナーの勝利は一時的に過ぎなかった。たちまち数十倍の銃火に報復され、多数のエネルギービーム弾に体を貫かれてしまう。フェルナーは血溜まりの中に倒れ、そのまま動かなくなってしまった。二つのうちの一つ、「戦って死ぬ」を選択し、その通りの最期を遂げたのである。

 更に、正面に居座っている戦車が、砲口を館に向けてきた。向けると同時に一発ぶっ放し、砲弾が内部で爆発する。それにより、館のかなりの部分が崩れ落ち、吹き飛ばされたり下敷きになる者が続出した。ロイエンタールは辛うじて伏せて爆発の衝撃を避けたが、それでも爆風に晒され、瓦礫が降りかかった為、擦過傷やら切り傷多数といったところになってしまう。

「ふん、俺はフェルナーとは別の道を行く。ここで死ぬのに意味はないからな」

 ロイエンタールはそう嘯くと、ゆっくりと立ち上がって手を挙げた。

「俺は、指揮官のロイエンタール大将だ。武器を捨てて降伏するので、これ以上の攻撃は中止してもらいたい」

 ロイエンタールが大声で叫ぶと、拡声器からの返答がある。

「ロイエンタール提督か。こちらは、鎮圧部隊司令官のシュタウフェンベルク少将である。投降を認めるので、武器を捨てて手を挙げ、ゆっくりとこちらへやってくるように」

 やはり、と呟きながら指示に従うロイエンタールである。ロイエンタールが自分の名を出しても、相手は全く驚いた様子がない。「予定通り」と言わんばかりである。それで、とうの昔にばれていたのだ、ということを確信するロイエンタールであった。

 生き残りの何人かも、ロイエンタールに続いている。さすがに、戦車砲にまで狙われるようになってしまっては、抗戦を継続する意欲が湧く訳もない。仮に、窓の陰に隠れて銃撃戦を展開したところで、ズドンと一発撃たれてしまっては、それまでの話だからだ。

 結局、降伏したロイエンタールらの生き残りは、手錠を掛けられ、拘束衣を着せられ、まるで動けないようにがんじがらめにされてから、屈強の装甲擲弾兵に囲まれ、装甲車で軍務省に連行されていった。



「捕虜を連行しました!」

 シュタウフェンベルクの声が大会議室に響き、ロイエンタールを伴って入室してくる。タンネンベルク侯以下、全員が一斉にそちらを見た。ロイエンタールは拘束衣に手錠、周囲を装甲擲弾兵に囲まれるという惨状ながらも、悠然と歩いてやってくる。その姿を一瞥し、気の毒そうに告げるタンネンベルク侯爵であった。

「残念だったな、ロイエンタール提督。狙いは良かった。運が無かっただけだ。社会秩序維持局が卿の潜入を報せて来なければ、卿が捕らえられることは無かったのだが。グリューネワルト伯爵夫人の奪還も、成功していたやも知れぬ」

「ほう、そのようなことが。では、我らの潜入方法に手抜かりがあった、ということですな。社会秩序維持局に露見するくらいならば」

「いや、そうではない。社会秩序維持局も、卿を張っていた訳ではないのだ。宇宙港で黒狐の工作員を警戒していたら、たまたま卿がやってきた、というだけの話で。だから、『運が無かった』と言っている」

 それを聞いて無言になるロイエンタールである。「運が悪い」と断言され、愉快であろう筈もない。

「まあ、終わってしまったことは仕方ないだろう。どうやら運は我が方にあるようだが。ところで・・・・」

 一旦運の話題を切って、話を継ぐタンネンベルク侯である。

「卿は、一体どういう魂胆で、今回のグリューネワルト伯爵夫人救出作戦を引き受けたのだ?はっきっり言って、非常に馬鹿馬鹿しいような気がするが。しかも、卿のような大物を投入する、というのでは尚更だな」

「馬鹿馬鹿しい?」

「そうだ。一体、グリューネワルト伯爵夫人に、何の価値があるというのかね。無価値だろう。彼女が死のうと生きようと、帝国の覇権には何の関係もない。どうでもいいではないか」

「では、その無価値な女性を捕縛する、卿は一体何なのか」

「知れたこと。他人にとっては無価値でも、ローエングラム侯にとっては至高の価値があるからだ。それ一点のみにおいて、グリューネワルト伯爵夫人には人質としての価値がある。それだけだな。あとは無価値だ。それこそ、彼女が生きようと死のうと、どうでもよい」

「・・・・・・・・・・・」

「はっきり言おう。おそらく、卿の軍のオーベルシュタイン中将はそう主張しているだろうが、本来、ローエングラム侯は躊躇せず、オーディンに殺到して我が軍を攻撃すべきだったのだ。いかに我が軍と雖も、当初の十万のローエングラム軍に押し寄せてこられれば、勝機はあり得ぬ。卿やミッターマイヤー提督でも、倍の敵に勝つ自信はなかろう。私も同じだ。尻尾を巻いて逃げ出すくらいが関の山だな。いや、それどころか、最初は私の先行部隊一千隻だけで、ほどなく十倍以上のミッターマイヤー提督の一個艦隊がやってきていたはず。ミッターマイヤー艦隊に攻め掛かって来られれば、私は逃げることもままならずあっさり戦死、ということになっていただろう。オーディン一時失陥の失態は、それにて取り戻せた」

「・・・・・・・・・・・」

「その際、グリューネワルト伯爵夫人の命が、我が軍によって奪われたとしても、やむを得ぬ犠牲だ。グリューネワルト伯爵夫人には、帝国の覇権を左右する力や要素など、有りはせぬからな。切り捨てて当然というもの。我らが皇帝に即位する前の、サビーネさまを見捨てることなど絶対にできないのとは、訳が違う」

「・・・・・・・・・・・」

「しかし、ローエングラム侯には、それはできない。姉に対する心情が、あまりに強固であるのでな。幼友達のキルヒアイス提督の存在も、それを増幅してしまってる。そこが、彼が勝てない理由だ。端的に言って甘いのだ」

「・・・・・・・・・・・」

「だから、このような無益な奪還作戦に、卿のような重要な部下を投入し、あまつさえ失敗してしまう羽目になる。この甘さは権力者としては致命的だな。まあ、ローエングラム侯自身の、個人的魅力にはなるのやも知れぬが。しかし、こちらとしてはせっかくの敵の弱点でもあり、最大限に利用させて貰うつもりだがな」

「・・・・・・・・・・・」

「さて、いささか長くなったが、卿との話は取り敢えずはこれにておしまいだ。しばらく、社会秩序維持局の監獄で頭を冷やしてもらうこととしようか。このような甘いローエングラム侯が、卿の主君として相応しいのか、ということも含めてな」

「・・・・・・・・・・・」

 一言も反論できないロイエンタール提督であった。実際、タンネンベルク侯の辛辣な評価は、「その通り」としか言いようがない。ロイエンタール提督でなくても、反論などできよう筈もなかった。

 そして、「連れて行け」と言わんばかりにタンネンベルク侯が顎をしゃくり、ロイエンタールは移動を促された。会議室を出る直前、ロイエンタールは首だけ振り向かせ、タンネンベルク侯に質問する。

「一つ聞きたい。俺をどうする気だ?」

 ロイエンタールを連行しようとしていた装甲擲弾兵たちも一旦歩を止め、タンネンベルク侯の反応を待った。

「ふむ、さすがの卿も気になるか。私の考えでは、卿を吊してしまうのは少々惜しいと思っている。何らかの役割を果たしてもらうつもりだ。それが、何であるのかは今は教えられない。取り敢えずは先ほど言った通り、しばらく監獄の中で頭を冷やすことだ」

 具体的な事は言わず、しばらく監獄で待てと告げるタンネンベルク侯である。ロイエンタールもそれ以上重ねて聞くことはせず、大人しく連行されていった。



 そして8月15日、戦役の行方に決定的な影響を与える事件が発生した。いわゆる「ヴェスターラントの虐殺」に先立つ叛乱により、シャイド男爵が死亡した件である。

 事の起こりは、ブラウンシュヴァイク公の甥にあたる、シャイド男爵が、公爵の領地であるヴェスターラントにて、民衆から過酷な収奪を行ったことによる。伯父に対する背後からの援護を過剰に意識したことと、男爵自身の若さがそうさせたものだ。しかし、ラインハルトが立ち上がり、貴族支配に反抗し、支配のたがが緩み始めていることを、民衆も知っている。タンネンベルク侯の戦略により、戦役の行方が未だ混沌としているとしても、それには変わりがない。反抗の機運が生まれ、それに驚き怒ったシャイドは、弾圧を強め、更に反抗が広がる、というように悪循環が拡大発展していった。そして遂に、大規模な暴動が始まってしまい、少数の警備兵に何かがなし得る状況ではなくなった。シャイド男爵は重傷を負った後、単身シャトルを駆ってガイエスブルグに逃げ込んだが、到着後程なく死亡した、ということである。

「賤民どもが、つけ上がりおって!恩知らずの賤民どもに、正義の鉄槌を下してやる!!ヴェスターラントに核攻撃を加える!!!!」

 元々、自軍の状況や自分自身の権勢が思わしくなくなっているところに、甥が領民に殺されたという事件は、ブラウンシュヴァイク公の自尊心を決定的に傷つけた。甥を殺した者どもを、皆殺しにしてやる、というところまで一気に到達してしまったのだ。特権を持っていることに対する自覚のない者は、それを持たない人々の全存在、全人格を容易に否定することができる。ブラウンシュヴァイク公は、民衆に、圧政に反抗する権利どころか、大貴族の許可なしに民衆が生存する権利すら認めていなかった。民衆の中の病人や老人など、貴族に奉仕することのできない者は、家畜より無益で、したがって生きる価値もない・・・・・そう確信している。

 そのような賤民どもが、大貴族に反抗し、あまつさえ彼の甥までもを殺したのである。ブラウンシュヴァイク公は怒り狂い、自らの怒りを正当なものと信じた。

「閣下、核攻撃はかつて人類が死滅に瀕した十三日間戦争以来のタブーのはず。しかも、ヴェスターラントは閣下の御領地ではありませぬか。領民二百万全員に核攻撃を加える、などということはあまりにご無体。首謀者たちを捕らえた上で、処罰すればよろしいかと」

 アンスバッハ准将の、必死の取りなしも怒りが爆発した公爵には通じない。

「黙れ!!ヴェスターラントはわしの領地だ!当然わしには、あの惑星を、賤民どもとともに吹き飛ばす権利がある!!ルドルフ大帝とて、かつて何億人という暴徒を誅戮あそばし、帝国の基礎をお固めになられたではないか!!」

 ブラウンシュヴァイク公の怒りの激しさに、呆然としてそれ以上声を掛けられなくなってしまうアンスバッハであった。説得を断念すると、おとなしく盟主の前から退出する。アンスバッハに続いて、メルカッツ上級大将もブラウンシュヴァイク公に会見を求め、ヴェスターラントへの核攻撃の再考を促すつもりであったが、ブラウンシュヴァイク公が会見を拒否した為に、やはり説得は行われずじまいとなる。



 この情報が、ローエングラム陣営にもたらされたのは、ヴェスターラントへの攻撃が行われる一日前。ロイエンタールらが一網打尽にされた二日後である。しかし、ここではロイエンタールが捕縛された、という情報は未だローエングラム陣営には伝わっていない。ロイエンタールが可能な限り行動を秘匿していたことと、払暁に一網打尽にされてしまったことにより、部隊要員の誰もが連絡する暇などなかった為である。また、シュタウフェンベルク少将による制圧作戦も短時間で終了した為、オーベルシュタインの情報網も「帝都の一部地区で騒ぎがあった」という程度しか掴んではいなかった。それ故、この件はラインハルトの耳には入ってこなかったのである。

「閣下、諜者からの報告では、ブラウンシュヴァイク公はヴェスターラントにて叛乱が勃発、結局甥のシャイド男爵が殺されてしまったことに激怒し、ヴェスターラント二百万の領民を、核攻撃で殺戮する挙に出ようとしている、とのことにございます」

「そうか。いかにもブラウンシュヴァイク公らしい、目先の怒りに身を任せただけの愚かな決断だ。だが、そのヴェスターラントの件は捨て置けぬ。ミュラー提督に命じて、艦隊を出して阻止せねばならぬな」

 オーベルシュタインの報告で、ブラウンシュヴァイク公によるヴェスターラントへの核攻撃を知ったラインハルトは、それを阻止すべく命令を出そうとする。しかし、オーベルシュタインは異議を唱えた。

「お待ち下さい。いっそ、血迷ったブラウンシュヴァイク公に、この残虐な攻撃を実行させるべきです」

 平然と言い放つオーベルシュタインに、ラインハルトは目を見開いた。

「ヴェスターラントを見殺しにせよ、と卿は言うのか!」

「その通りです。ヴェスターラントへの核攻撃の模様を撮影し、超光速通信(FTL)にて全帝国に流すのです。それをもって大貴族どもの非人道性の証とすれば、彼らの支配下にある民衆や、平民出身の兵士たちが離反することは疑いありません。阻止するよりは、その方が効果があります」

 恐怖を知らない金髪の若者が、この時はさすがに怯む様子を見せた。

「しかし、ヴェスターラントには二百万の領民がいる。その中には女子供も大勢おろう。助けようと思えば助けられるものを、敢えて見殺しにするなど・・・・・」

「閣下、現在我が軍は容易ならざる状況に追い込まれております。それを少しでも覆す恰好の材料を、敵が進んで提供してくれる、というのです。利用せずしていかがしますか。しかも、この内戦が長引けば、より多くの死者が出ることでしょうし、大貴族どもが仮に勝てば、このようなことはこの先何度でも起こります。ですから、彼らの凶暴さを帝国全土に知らしめ、彼らに宇宙を統治する権利はない、貴族支配には正義はないのだ、と宣伝する必要があるのです。ここは一つ・・・・・」

「目を瞑れ、というのか」

「帝国二百五十億の民の為です、閣下。ヴェスターラントの民には、その為に高貴なる犠牲になってもらいましょう」

「卿が一つ忘れていることがあるぞ。タンネンベルクだ。奴は、これを阻止する方向に動くに違いない。あの男が、そのような貴族全体にとっての悪宣伝を、看過する訳がないからな。それにはどう対処する」

「タンネンベルク侯爵によるヴェスターラント救援は阻止することですな。ミュラー提督に命じて」

 ヴェスターラントを救援するどころか、タンネンベルク侯による救援活動を阻止せよ、とまで主張するオーベルシュタインであった。さすがに目を剥くラインハルトである。ヴェスターラントを救援するどころか、敵の救援を阻止せよ、とまで言うオーベルシュタイン。その目の光を見ていると、感情というものを失った、機械人形を相手にしているが如きであった。

「・・・・・・解った。卿の策が妥当なようだ」

 理性でも感情でもオーベルシュタインの策は受け入れ難いが、謀略としては優れているので、採用せざるを得ないラインハルトである。不愉快極まりないのを承知の上で、オーベルシュタインの言に従うしかなかった。

「キルヒアイス、お前ならこのようなことは絶対に許すまいな」

 赤毛の親友は、民衆を犠牲にするこのような策は、絶対に認めることはないだろう。それ故、この件に関しては、キルヒアイスには相談できなかった。キルヒアイスから隠れるように、極秘の命令を、個別暗号でミュラー艦隊に送らせるよう、指示するラインハルトである。



「侯爵閣下、ガイエスブルグのシュヴェーリン伯爵からの一報です」

 ロイエンタールの件を片付け、数時間ほど仮眠を取ってから目覚めたタンネンベルク侯を、またしても厄介な問題が襲っていた。無論、ブラウンシュヴァイク公による、ヴェスターラント攻撃の報せが届いたのである。

「なに、ヴェスターラントで叛乱が勃発。ブラウンシュヴァイク公が甥を殺されたことに激怒し、熱核攻撃にて領民を皆殺しにする、と命令しただと?」

 秘書官が持ってきたシュヴェーリンからの文面を目にし、あまりの暴挙に呆れるタンネンベルク侯であった。

「公爵は一体何を考えているのか。もちろん、叛乱など許すべきではない。しかし、それは責任者を処罰するだけで充分な話であるし、叛乱が起こった理由の解明も必要だ。それらを抜きにして、領民を百万単位で殺戮しようなど、まともな領主のやることではないな」

 しばし熟考し、対応を決めるタンネンベルク侯である。

「シュヴェーリンに伝えよ。『この暴挙は、可及的速やかに艦隊を派遣し、阻止すること。仮に一部実施されるようなことがあったとしても、可能な限りヴェスターラント攻撃部隊を排除し、領民の命を守れ。なお、これに関してはローエングラム軍の妨害が予想される。充分な戦力にて、阻止部隊を派遣するよう注意せよ』以上だ」

 秘書官にシュヴェーリンへの電文内容を伝えると、タンネンベルク侯はリッテンハイム公に面会を申し入れ、宰相府に向かった。



「おお、帝都へ潜入せしめていた賊軍どもの鎮圧は無事に終わったそうだな。ご苦労であった」

 開口一番、リッテンハイム公はタンネンベルク侯に労いの言葉を掛ける。

「恐れ入ります。ところで、ガイエスブルグにいる味方の一員より、連絡が入りまして。少々問題が発生しているようです」

「問題、とな?」

「はい。ブラウンシュヴァイク公爵領ヴェスターラントにて、叛乱が発生。ブラウンシュヴァイク公の甥、シャイド男爵が重傷を負い、ガイエスブルグに逃げ込んだもののその後死亡。激怒したブラウンシュヴァイク公が、ヴェスターラントに熱核攻撃を加え、領民二百万を皆殺しにしようとしている、という状況でして」

「領民どもが叛乱?それを掣肘して何が問題なのだ。当然ではないか」

 リッテンハイム公は、特に疑問は持っていないようだ。実際、ブラウンシュヴァイク公とメンタリティがそう異なっている訳ではないので、一族を殺された報復に領民皆殺し、という処置を妥当なものとしか受け取れなかったのである。

「さようです。一体、何が問題だと言うのですか!」

 リッテンハイム公とタンネンベルク侯の会話に、突然割り込んできたのは、言うまでもなく秘書官のヘッセン子爵である。タンネンベルク侯に対する敵意と対抗意識剥き出しで、噛みつくような勢いだ。

「宰相閣下、こちらの方は?」

 珍獣でも眺めるような目つきで、ヘッセン子爵の方を見るタンネンベルク侯である。その反応に、ヘッセン子爵は更に怒りを滾らせた。

「これはこれは。銀河帝国軍最高司令官にして、名門の当主たる高名なタンネンベルク侯爵閣下にはご存じいただけなかったかも知れませんが、リッテンハイム公爵閣下の遠縁にあたる、ヘッセン子爵と申します。現在は、宰相閣下の秘書官を務めさせていただいているところでして」

「さようだ。まあ、娘しかおらんわしにとっては、息子代わりのようなものだな。あまりできが良いとは言えぬが、以後よろしくしてやってくれ」

「あまりできが良いとは言えない」と評され更に不満が重なるヘッセン子爵だが、さすがにリッテンハイム公に怒りをぶつける訳にはいかない。代わって、その矛先はタンネンベルク侯に向いた。

「で、一体、何が問題だと言うのです。叛乱などという帝室と領主への大恩を忘れる行為を行ったばかりか、あまつさえ陛下より領地の統治を任された我ら貴族階級を傷つけ、命を奪うなどという暴虐、到底許せるものではありませぬ。そのような賤民どもに、相応の罰をくれてやることこそ我らの責務。金髪の孺子ではあるまいに、『領民にも生きる権利がある』などのような、世迷い言を並べ立てるつもりではありますまいな!?」

 ヘッセン子爵の物言いと「息子のようなもの」という立場を聞いて、この男が何を考えて突っ張っているのか、簡単に理解したタンネンベルク侯である。子爵のこの態度では「急速にリッテンハイム公の側近にのし上がってきた侯爵の存在が気に入らず、激しく妬まれている」ということが解らない方がどうかしているだろう。

「無論だ。叛乱など、到底許せるものではない。処罰を与えるのは当然だな。しかし・・・」

「しかし、何なのですか」

「二百万の領民全てを熱核兵器で殺し尽くす、というのはやりすぎだ。過酷過ぎる措置は、人心を惑わすことにもなる。これでは、一罰百戒というよりは、『どのみち貴族に殺されるのなら、死にものぐるいで抵抗する』という覚悟を、ヴェスターラント以外の平民たちに与えかねん。それらの平民たちは当然の如くローエングラム侯支持に回るので、彼の勢力が絶大になってしまうだろう。敵を利するだけでしかない。ヴェスターラントの件は、叛乱の首謀者たちを捕縛し、処罰をくれてやるだけで充分だ」

「甘い!そのような甘い態度だからこそ、賤民どもに舐められるのです!厳罰をもって臨まなければ、我ら貴族階級の鼎の軽重を問われる、ということになるのは、絶対に間違いありませぬ!!」

 ほとんど、絶叫状態にまで到達してしまっているヘッセン子爵である。しかし、ここでタンネンベルク侯は、まるで話にならないヘッセン子爵を無視し、リッテンハイム公に向き直った。

「さて、宰相閣下。これは、好機到来と言えますな」

「好機、とな?」

 ヘッセン子爵の狂乱ぶりを、唖然として眺めていたリッテンハイム公だが、タンネンベルク侯が話を振ってきたので、そちらに反応する。

「さようです。ブラウンシュヴァイク公は、陛下より賜った領地の臣民を、個人的感情で殺戮するという挙に出ようとしている、ということになります。いや、そのように決め付けてしまえばよろしい。これを帝室の大恩を裏切る行為として、帝国政府を代表して宰相閣下が非難し、ブラウンシュヴァイク公の爵位と領地を召し上げる、と全帝国に宣言すれば、ブラウンシュヴァイク公は貴族連合軍の盟主面をすることは出来なくなる、ということでございますな。すなわち、かの公爵を貴族連合軍盟主の座から追い落とす、絶好の機会というわけです」

「む、ブラウンシュヴァイクを追い落とせる、だと?」

 リッテンハイム公の目が輝く。そういう話に持っていける、とは思っていなかったようだ。

「その通りでございます。今までは決定的な要素に欠けており、ガイエスブルグの皆も決心が付かなかったようですが、ブラウンシュヴァイク公が帝恩を裏切ったとなれば、もはや躊躇することはありませぬ。ほぼ全員が公爵を見限ってガイエスブルグより離脱し、こちらへとやってくることとなるでしょう」

「とんでもありません!そのような小賢しい真似を、小父上に行わせようというのですか?!謀略で敵を追い落とすなどのような良心に悖る行為は行わず、正々堂々と正面から敵を撃破すべきなのです!私は、このような卑劣な策には、絶対に反対します!!」

 何が何でも口を差し挟み、タンネンベルク侯の策が採用されないよう言い張るヘッセン子爵である。とにかく、タンネンベルク侯が手柄を立てることが、許せないのだ。何があってもそれを妨害しようとする。その一念のみで突っ張っていた。

 さすがに、ヘッセン子爵のこの態度には、タンネンベルク侯も辟易とした。

「ところで秘書官、卿は一体何の権限があって、帝国宰相と、その部下たる帝国軍最高司令官の、帝国の行方を左右するであろうさしの会談に口を差し挟むばかりか、一方からの提案にことごとく反対し、自説を強硬に主張するのかな。宰相秘書官の責務とは、そのようなものではないと考えるが。以後、控えるべきであろう」

 言い方は穏やかだが、事実上「お前如きが出しゃばるレヴェルの話ではない。大人しく引っ込んでいろ!」と言わんばかりの内容に、ヘッセン子爵は目を剥き、顔を紅潮させた。

「何ですと、卿こそ一体何様のつもりなのです!恐れ多くも小父上、いや帝国宰相閣下に、賤民どもに媚びへつらうような策を行うことを強要するとは。また、小父上のみならず、私にまでこのような耐え難き侮辱を投げつけるなど、到底許せませぬ。小父上、この男を即刻解任して下さい。タンネンベルクは、帝国軍最高司令官などに相応しい人物ではありませぬ!!」

 さすがのタンネンベルク侯も、ヘッセン子爵がここまで異常な言動を示すと、苦笑せざるを得なかった。リッテンハイム公も、苦い顔でそれに同調する。

「カール、お前は下がっていろ。帝国宰相秘書官の責務とは、帝国宰相と帝国軍最高司令官の会談で、自説を強硬に主張することではない。これ以上出しゃばると、不本意ながら、お前の方を解任せざるを得なくなるぞ。わしがせっかく与えた地位を、もう失いたいのか?」

 ヘッセン子爵に厳しい言葉を投げつけ、退室するよう申しつけるリッテンハイム公である。ヘッセン子爵は一瞬「信じられない」というような顔をしたが、リッテンハイム公に逆らう訳にもいかず、大人しく控え室の方に下がった。

「いや、申し訳ない。どうも、カールには甘くしてきてしまったのでな。根が子供なのだ、あやつは。わしの顔に免じて、許してやって欲しい」

 リッテンハイム公は、ヘッセン子爵の狂乱の度が過ぎていたことを、タンネンベルク侯に謝罪した。

「いえ、それは大したことではありませぬし、彼のような人物を取り立てるのも宰相の度量のうち、とは推察いたしますが、さすがに重要な場面で実務を妨害されるのは愉快ではありませぬな。ヘッセン子爵には、帝国宰相秘書官の地位は、重すぎるのではありませぬか?名誉だけの地位の方が、彼には合っていると思われますが」

「手厳しいな、卿は」

 渋い顔になるリッテンハイム公である。ヘッセン子爵の「子供ぶり」には、さすがの公爵も自覚があるだけに、否定できない。

「いえ、それを承知で子爵を秘書官としてお使いになられる、というのでしたら、私が差し出がましいことを申し上げる必要はありませぬが。まあ、いずれにせよ、彼の言うことはあまり取り合わない方がよろしいかと」

 タンネンベルク侯はヘッセン子爵の件をそこまでで切り上げ、ヴェスターラントの件に戻す。これ以上更に子爵の件をつついて、リッテンハイム公を不愉快にさせても何の得もないからである。

「ところで、ヴェスターラントの件ですが、ブラウンシュヴァイク公にこの殺戮行為を実施させてしまうのはあまり良き策とは言えませぬ。二百万を殺した、となると人心に与える衝撃が大きすぎますからな。何と言っても、我が軍であっても、現場で働く兵士は平民がほとんどでございますので。彼らがローエングラム侯に同調し、『貴族打倒』を叫んで一斉に叛乱を起こしたりした場合は、目も当てられませぬ。もちろん、過度に甘やかすのは問題ですが、だからと言って鞭をくれるばかりでもいけませぬ。適度に使い分けることが肝要でして」

「うむ、卿の言にも一理はある。金髪の孺子が出てきたことにより、平民どもも反抗的になっていることではあるし、奴らが一斉に孺子に与する、というのでは確かにたまったものではないな」

「そういうことですので、ガイエスブルグに留まっている配下の者に、この攻撃を阻止するように命令を出しておきました。ただ、問題はローエングラム侯に、攻撃阻止を妨害される可能性があることです」

「孺子が妨害?!何故だ。奴は、『民衆の貴族支配からの解放』とやらを、旗印にしているのではなかったのか?」

「それ故でございます。彼の目的から考えますと、『貴族は民衆をこのように過酷に取り扱う』と宣伝することは、大いに有益にございまして。その為、ブラウンシュヴァイク公の攻撃を容認してしまう可能性が高いと思われます。ことが終わった後に『自分たちは知らなかった』だの、『攻撃を阻止しようとしたが間に合わなかった』だのと言い訳し『悪いのは貴族だ』と宣伝すれば良い、ということでありますから」

「ぬう、もしそうだとすると、孺子は見下げ果てた奴であるな。もちろん奴の本質など最初から解ってはいるものの、そのような下司を、これ以上のさばらせておく訳には行かぬの」

「その通りでございます。もしもの話ではありますが、我らが敗北し、帝国がローエングラム侯に統治されるようになってしまうことは最悪でして。所詮は下賤の身分からの成り上がりにて、『支配する者の責任』など求めようもありませぬ。彼の覇権など確立しようものなら、流血の惨事が続出することは疑いないでしょう。『戦争の天才』などと言われているような者が、戦いを好まぬわけはありませぬので。そのような人物に、帝国二百五十億の民の運命を委ねるわけには行きませぬからな」

 タンネンベルク侯の物言いに、深く頷くリッテンハイム公であった。

「以上でございますので、機が到来したところで、宰相閣下と私にて、ブラウンシュヴァイク公を追い落とす為、全帝国への放送を行うということでよろしいですな?情報収集や放送局の方など、準備はさせておきますので」

「諒解した。卿の方針でよい」

 何と言っても、「ブラウンシュヴァイク公を追い落とせる」ということが、リッテンハイム公を説得できた最大の要因であろう。公爵自身は、「領民を殺戮することは、陛下に対する裏切りである」などと全く信じてはいないが、大嫌いなブラウンシュヴァイク公を奈落の底に突き落とす為であれば、嬉々として実行することに間違いはない。

 タンネンベルク侯は一礼してリッテンハイム公のもとを辞し、軍務省に戻った。ヴェスターラントの件が片づくまで、当分は軍務省に詰めたまま、ということになるはずである。



「おのれおのれ、タンネンベルクめ。絶対に許さないぞ。小父上の前で、大恥を掻かせやがって。見ていろ、どのような手段を使ってでも、必ず地べたに這い蹲らせてやるからな!」

 ヘッセン子爵は、公用車で軍務省に帰って行くタンネンベルク侯を、宰相府の窓から憎しみの籠もった目で見送りつつ、復讐を誓った。彼の自尊心をずたずたにした侯爵に、最大級の報復を為すことを。




 ナイトハルト・ミュラー中将は、ローエングラム侯からの極秘の通信文に目を疑った。ヴェスターラントを見殺しにし、虐殺の模様を撮影する為の偵察艦を派遣するばかりか、虐殺を阻止しようとする勢力の妨害をせよ、というのであるから、驚かない方が無理であろう。

「本当に、これはローエングラム侯からの命令なのか?参謀長あたりが、侯の名を騙って出したもの、としか思えぬ内容だ。しかし、命令は命令であるし、問い返している時間もありはせぬ」

 ミュラーは苦慮していた。信じられない内容とはいえ、命令自体は正式なもので逆らう訳にもいかず、しかもヴェスターラントまでの移動に費やす時間を考慮すると、再度確認する暇もない。

「命令。偵察艦一隻をヴェスターラントに急行させよ。そして旗艦以下、二千隻がその後に続く。指揮は私が直接執る。この場に残る一万は、分艦隊司令のカレル准将に一任する」

 ミュラーは、自ら指揮を執ってヴェスターラントに向かうことを決断する。程なく、二千隻の艦隊を率いて、ヴェスターラントへの移動を開始した。



 ガイエスブルグでは、マントイフェル男爵が艦隊戦力を揃え、周辺宙域での演習の名目で出動させていた。旗艦「アルベルト・ケッセルリンク」以下四千隻。一路ヴェスターラントを目指している。すでに、ブラウンシュヴァイク公が命じた攻撃艦は発進しており、マントイフェルはそれに追いつくべく、艦隊の速度を最大に上げさせた。



 ヴェスターラントには、五十に余るオアシスが散在している。それを除けば、赤茶けた岩山と灰黄色の砂漠、白い塩湖などが地平線まで広がり、一人の人間も居住していない。つまり、オアシスごとに核ミサイルを叩き込めば、惑星の全住民二百万人を、文字通り皆殺しできるのだ。

 その日、オアシスの一つでは、集会が行われていた。貴族の支配を実力で排除したものの、将来の計画は立っていない。これからどうづればよいのか、いかにして住民の平和と幸福を確保すべきなのか、それが議題である。貴族統治のもとで、自主的な討議を行う事が久しくなかった人々にとって、集会は一大事業である、記念すべき祭典ですらあった。

「ローエングラム侯が平民の味方だそうじゃないか。あの方に守っていただこう」

 そういう意見が起こると、賛同の声が起こった。実際問題として、それ以外に途はないのである。彼の認識が、単純過ぎるものだったとしても。そして、話がまとまりかけたとき、

「母さん、あれ、なに?」

 母親に抱かれた幼児の一人が、天の一角を指差した。灰青色の空を、一条の軌跡が斜めに走るのを人々は見た。

 純白の閃光がすべての光景を脱色した。その直後、真紅の半球が地平線上に浮かび、加速度的に膨張しつつ一万メートルもの高所に達してマッシュルーム型の異様な雲を形作った。

 爆風が殺到する。秒速70メートル、温度800℃を超す熱気の津波が、表土を灼き、とぼしい植物を灼き、建物を灼き、人々の体を灼いた。着ている服や頭髪が燃え上がり、焼けただれた皮膚が水疱を生み、ケロイドとなって盛り上がる。生きたまま灼き殺される幼児の悲鳴が、熱風の中を漂って、たちまち細く低くなっていった。 子供の名を呼ぶ母親の声や、家族を案じる父親の声も、ほどなく途切れた。

 吹き飛ばされて高空に舞い上がった大量の表土が、砂の滝となって地表に降り注ぎ、死者たちの焼けただれた体を埋葬して行く。



 モニターTVの画面を見ていた若い士官が、蒼白な顔で座席を離れると、床にうずくまって胃液を吐きはじめた。誰もそれを咎めようとしない。偵察艦から送り込まれる画像に視線を吸い付かせ、全員が声一つたてえなかった。彼らはいまさらに知ったのである。強い人間が弱い人間に対して一方的に加える暴虐ほど、宇宙の法則を汚すものはない、ということを。

「この映像を帝国全土に流すのです。貴族どもと吾々のどちらに正義があるか、幼児でも理解するでしょう。貴族どもは、自分で自分の首を絞めたのです」

 オーベルシュタインは冷静な口調で解説したが、それに対して即座の反応はなかった。

「いかがなさいました、元帥閣下」

 ラインハルトの表情は重苦しい。

「卿は、私に目をつぶれと言った。その結果がこの惨劇だ。今さら言っても仕方がないが、他に方法はなかったのか」

「あったかも知れませんが、私の知恵では他の方法は見つけることができませんでした。おっしゃるとおり、今さら言っても仕方のないこと。この上は、状況を最大限に利用すべきです」

 ラインハルトは参謀長を見据えた。蒼氷色の瞳に浮かんだ嫌悪の色は、相手に対するものか自分に対するものか不分明だった。

 しかし、この映像は、唐突に途切れてしまった。ぷつり、と電源が抜かれたように、真っ暗な画像に変わってしまったのである。しかし、宣伝用の映像としては、これで十分だった。オーベルシュタインは、直ちにこの映像を、全帝国に向かい、繰り返し繰り返し放送させた。結果、帝国国内の各所で、この攻撃を実施させたブラウンシュヴァイク公と貴族連合軍に対する、嫌悪感が蔓延することになる。



 ミュラー中将は、「攻撃を黙認せよ」との命令には、激しい嫌悪を覚えていた。その事が手伝ってか、艦隊の行動にも意欲が伴わず、できれば関わり合いになりたくない、との意識がことあるごとに出てしまっている。結局、そのミュラーの意識が、任務を中途半端なものにしてしまったのだ。何としたことか、ミュラー艦隊はヴェスターラントへの到着が遅れ、マントイフェル艦隊の方が先着してしまったのである。

 しかし、マントイフェルも、完全に間に合った訳ではない。マントイフェル艦隊が到着した時には、すでにヴェスターラントへの攻撃は始まっていた。ブラウンシュヴァイク公が派遣した攻撃艦が放った核ミサイルは、一発、二発、三発とヴェスターラントの大地に撃ち込まれて行く。十一発目の発射にようやく艦隊が間に合い、地表に届く前のミサイルを撃墜することに成功した。そして次の瞬間、艦隊から一斉に放たれた光の矢が、攻撃艦を打ち砕く。これでようやく、ブラウンシュヴァイク公の虐殺行為を阻止できたが、それまでに撃ち込まれた十発の核ミサイルで、同数のオアシスが地獄の業火の中に消え、四十万人弱の人命を天上に送ってしまっていた。

「十発、約四十万人の犠牲者か・・・・・冥福を祈ろう」

 黙祷するマントイフェルに、「アルベルト・ケッセルリンク」の全将兵、いやマントイフェル艦隊の全員が同じように目を瞑り、犠牲者の霊への黙祷を捧げた。

「しかし、これで終わりではない。これを知りながら、宣伝に利用しようとした者の、責任を問わねばならぬからな」

 すでに、高速の巡航艦と駆逐艦が、ミュラーが派遣した偵察艦を捕捉すべく、全速で接近しているところだ。憑かれたように、地上の惨劇を撮影続けている偵察艦は、周囲の状況に気付かない。攻撃艦が撃破されてしまったことも、眼中にはないようだ。何しろ、眼下の惑星上では、惨劇が未だ終わらず、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられているのだから、周囲に気を配れ、という方が無理だったろう。夢中になって撮影している、というような状況だったのである。

 たちまちミュラー艦隊所属の偵察艦は、接近してきたマントイフェル艦隊の巡航艦・駆逐艦に取り囲まれ、問答無用の一撃を受けた。それにより、偵察艦の機関は停止し、全く動けなくなってしまう。「ヴェスターラントの虐殺」の実況中継も、自動的に終了した。「ぷつり」と途切れたように映像の中継が終了したのは、これが原因である。

 続いて、接舷した巡航艦から、完全装備の兵員が偵察艦に乗り込み、艦内を制圧してゆく。短時間でか細い抵抗の末にほぼ全員捕縛され、記録映像ディスクも差し押さえられた。マントイフェルは、制圧が終わると、全艦隊にヴェスターラントへの救援活動を命じる。

 しかし、そこに、ようやく到着したミュラー艦隊が立ちはだかった。

「何と、救援活動までをも妨害する気か」

 マントイフェルは驚いたが、敵は二千ほどでしかなく、味方は四千と戦力差は倍あるので、特に怯える必要はない。一時救援活動を中断し、そのまま交戦を開始させた。しばらく戦闘が続いた後、マントイフェルは通信回線を開かせる。

「賊軍の敵将に告ぐ。現在、眼下のヴェスターラントでは、ブラウンシュヴァイク公による核攻撃にて、約四十万人の死者と、多くの被災者が発生している。我が艦隊は、可及的速やかに救援活動を行わねばならぬところであり、このような意味のない交戦にて救援活動を妨害されることは心外極まりない。直ちに攻撃を止め、退去せられよ。繰り返す、現時点での最優先課題は、救援活動である。無意味な交戦を中止せられよ」

 だが、敵からの応答はなく、攻撃はいっそう激しさを増すばかりだ。ミュラーにしてみれば、偵察艦を捕縛され、「政治宣伝に利用しようとした」という証拠を押さえられているだけに、退く訳にも行かないのは事実だった。



「・・・・・・・・・・・・・・」

 ナイトハルト・ミュラー中将は苦境に陥っていた。こともあろうに、ヴェスターラントの地上の様子を撮影させていた艦が、敵に捕縛され、逆に自陣営に対する悪宣伝に利用されかねない状況である。しかも、敵は「救援活動を妨害するのか」と通告してきており、ミュラーとしても救援自体は否定できないだけに、どうすべきか迷っていたのだ。

 結局、そもそもの戦力差が倍もあり、ミュラー自身としても戦闘意欲が薄いという状況での交戦であっては、長く続きはしなかった。戦況が不利になったところで、ミュラーは艦隊を後退せざるを得なくなる。意欲云々別にして、損害がひどくなってしまい、これ以上の交戦が不可能になった、ということである。

 艦隊を後退させたミュラーに対し、マントイフェルは追撃してくることはなかった。マントイフェルの目的は、ヴェスターラントの救援であって、ミュラーを叩くことではない。それについてはタンネンベルク侯に明確に命令されている。

「半数はこのままヴェスターラントの上空にて警戒。半数は地上に降下し、救援活動を開始する」

 マントイフェルの命令で、艦隊の半数、二千ほどが惑星上に降下してゆく。大気圏内に突入し、高度を下げたところでワルキューレを発進させた。偵察活動を行わせるのだ。

「これは、酷いな・・・・・・」

 ワルキューレから送られてきた映像を見て、絶句してしまうマントイフェルである。爆心地から数キロ圏内には、未だファイヤーストームが荒れ狂っており、ワルキューレどころか艦艇でも接近することはできない。また、その周囲には、黒い雲が現れ、雨を降らせている。何とか偵察可能な周辺地域だけでも、熱線で焼き尽くされ、爆風で倒壊した家屋、車輌などが散在していた。黒こげになって動かなくなった人型の物体も、画像の視界内に嫌と言うほど見える状況だ。果たして生存者がいるかどうか、低空飛行を続けるワルキューレが、懸命に捜索活動を行った。

「生存者、発見!」

 オアシスを外れ、かなりの距離まで来て、ようやく生存者が発見された。火傷を負って倒れている者と、立ち上がって手を振っている者と、二十人ほどの集団である。そこへ、間もなく巡航艦が降下し、二重のロックが開いて完全装備の装甲擲弾兵が降り立って来た。放射能のレヴェルがまだ高く、装甲服を着用しないと外へ出られない。恐る恐る外に出た兵士たちは、生存者がまとまっている場所に接近していった。生存者の半数は立ち上がれない程の重傷だったが、残りの半数は動くことはできるようだ。



「い、い、い、一体、な、な、な、何が、あ、あ、あ、あったんだね!」

 パニックに陥っている生存者の一人が、指揮官のドライス中尉に近づいてきて質問した。中年の男で、顔中に火傷を負っている。いきなり起こった大爆発、熱線、火球。地上に突然地獄が到来した光景を見て、平常心を保てという方が無理な話だ。

「水爆弾頭ミサイルによる攻撃です。ヴェスターラントの叛乱事件に怒り狂った、領主のブラウンシュヴァイク公爵の命令により、領民の皆殺しを目的として行われました」

「す、す、す、水爆?!な、な、なんてことを・・・・・・」

 絶句してしまうその男である。

「しかし、ご安心を。確かに、ヴェスターラントにはかなりの被害は出ましたが、その攻撃は我が軍により阻止されました。今後、水爆攻撃が継続される可能性はありません」

 状況を説明するドライス中尉であった。

「と、いうことは、兵隊さん。あんたらはローエングラム侯の軍かね?わしらを助けに来てくれた、ということは」

 別の若い男が、ドライス中尉に聞く。こちらは爆風で飛んできたらしい破片多数が、肌に突き刺さって血を流している。かなり痛々しい状況だ。

「いいえ、違います。我々も貴族連合軍です。但し、ブラウンシュヴァイク公爵軍ではなく、タンネンベルク侯爵軍に所属しておりますが」

 平然と言い放つドライスに、男は一瞬悲鳴をあげ、飛んで退きそうな挙動を見せたが、すぐに押さえて更に質問した。

「タンネンベルク侯爵軍?帝都の新皇帝の指揮下ということかね?」

「その通りです。銀河帝国軍最高司令官、帝国元帥エーリッヒ・フォン・タンネンベルク侯爵閣下は、ブラウンシュヴァイク公爵の暴挙を許さず、ヴェスターラントへの攻撃を阻止するよう、我が艦隊の司令官マントイフェル男爵にご命令を出されました。それ故、我が軍がやってきた訳でして」

 ドライス中尉の説明に、中年の男と若い男は顔を見合わせ、不審そうな顔をした。どちらの目も「貴族連合軍など信用できるか」と物語っている。

「ところで、そのローエングラム軍ですが、我が軍のヴェスターラント救援を妨害する始末でした。何が平民の味方なのか、と思いましたよ」

「ローエングラム軍が救援を妨害?そんな莫迦な・・」

「いえ、本当ですよ。実際、ヴェスターラント上空にて、我が艦隊はローエングラム軍と交戦しています。『救助活動を行うから、無用な交戦を中止せられよ』と呼びかけても、執拗に攻撃を加えて来ましたので、何かやましいところでもあるのでしょう」

「しかし、ローエングラム侯は平民の味方と聞いていたんじゃが・・・」

「では、何故我が軍だけが救援に現れたのでしょう。ヴェスターラントの上空まで来ていたローエングラム軍は、救援をせずに逃げていってしまう有様です。平民の味方というのが本当なら、真っ先にヴェスターラントへの救援活動を行っても良いはずでは?」

 ドライスの反問に、沈黙を余儀なくされる男たちであった。具体的な判断材料がないので、それ以上反論しようがなかったからである。

「状況説明はとにかく、皆さんを艦に収容しますので、歩ける方は歩いて、そこに降りている艦に乗り込んで下さい。歩けない方は、タンカや車輌で運びます」

 ドライスの指示に、動ける者たちは巡航艦の方に向かい、歩き出した。動けない者たちは、装甲擲弾兵たちが近寄り、タンカに乗せて運搬を開始する。また、運搬用の車輌も巡航艦から向かってきている。この他、被爆した地域多数で、同じような光景が繰り返された。



 ローエングラム軍が、ヴェスターラント攻撃の様子を、全帝国に繰り返し放送した翌日。タンネンベルク侯による、全帝国への演説が行われた。その内容は、帝国臣民に衝撃を与える。

「私は、銀河帝国軍最高司令官タンネンベルク元帥である。昨日の、ヴェスターラントでの悲劇について、帝国軍による調査結果を発表する」

 タンネンベルク侯の宣言のあと、件の映像が流された。ヴェスターラントにて炸裂する水爆、広がる火球と爆風。マッシュルーム型の雲。昨日、ローエングラム軍により、何度も流された映像そのままのものである。

「この攻撃は、ヴェスターラントの騒乱により、甥のシャイド男爵が死亡したため、私的な怒りに駆られた領主、ブラウンシュヴァイク公爵の命により行われたものである。いかに叛乱があったとはいえ、報復に領民全員を虐殺しようなどとは、到底認められない暴挙である。しかも、叛乱の原因は、シャイド男爵による過酷な搾取、というではないか。ものには限度というものがある。それに、叛乱の首謀者を捕らえ処罰をくれる程度で済むことを、ここまで非道な行為を行うことは、帝国政府の認めるところではない。いや、私としても、帝国軍最高司令官としてのみならず、一人の帝国貴族として、断じて認められはしない」

 ここで画面が切り替わり、リッテンハイム公の姿を映しだした。

「うぉっほん。帝室から預けられた領地の統治の責任を放棄したばかりか、私的感情に駆られ、領民に過酷な報復を行うなど、帝室に対する恩を忘れた叛逆行為である!よって私、リッテンハイム公爵は、皇帝陛下の代理人たる帝国宰相として、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵の爵位と領地を没収することを通告する。聞いているか?ブラウンシュヴァイク。貴様はもう公爵でも貴族連合盟主でもない!!孺子と同じ無役の叛逆者だ!!」

 得意満面の顔で、ブラウンシュヴァイク公への爵位と領地の没収を告げるリッテンハイム公である。そして、また画面はタンネンベルク侯に切り替わった。

「なお、ヴェスターラントへの攻撃による死者は、約四十万人。現在、我が軍が被災者への救援活動中である。犠牲者の冥福を祈りたい」

 一旦目を伏せ、話を切るタンネンベルク侯である。

「しかし、話はこれにて終わる訳ではない。その背後にて進められた陰謀について、全帝国臣民の前に、事実を明らかにしよう」

 タンネンベルク侯の姿が消え、近くに惑星を見るような位置の宇宙空間の映像に変わる。ヴェスターラント上空で核ミサイルを発射する艦に接近し、何発目かのミサイルを撃墜する艦隊。続いて、攻撃艦がビームの集中攻撃を浴び、爆発する。

「ブラウンシュヴァイク公が派遣した、熱核攻撃を行った艦は、このように我が軍が破壊した。時間的に間に合わず、十発の発射を許してしまったが、それ以降の阻止に成功し、ヴェスターラントの残る百六十万人の命を救ったのだ」

 流れる映像に、ナレーションのように言葉を被せるタンネンベルク侯であった。続いて、阻止艦隊から巡航艦と駆逐艦が、ヴェスターラント上空に張り付いている艦に急速接近する姿が映し出された。

「さて、帝国臣民諸君。何故、ヴェスターラント攻撃の映像が、リアルタイムにて撮影できたのか、ということに疑問はないだろうか。ブラウンシュヴァイク公による暴挙を聞きつけ、急遽救援に駆けつけた我が軍の艦隊ですら間に合わず、十発目までの発射は許してしまったのだ。それ以前に攻撃を察知し、攻撃の模様を撮影し、全帝国に映像を流した者がいる、というこの現実は何なのか」

 続いて、巡航艦と駆逐艦がヴェスターラントの地上を撮影している偵察艦を取り囲み、一撃を加える映像になる。そして、接舷し艦内に乗り込んで行く兵士たち。捕らえられた幹部乗組員の尋問が行われ、この偵察艦が「ローエングラム軍、ミュラー艦隊所属」であることが明らかにされた。

「実に不思議ではないだろうか。『民衆の解放者』を自称している賊軍の首魁、ラインハルト・フォン・ミューゼルなる男は、ヴェスターラントへの攻撃が行われることを知りながら、敢えて偵察艦しか派遣しなかった。彼の主張は貴族階級を打倒し、民衆の為の政治を行うことではなかったのか。何故、彼は惨劇の舞台に撮影を行う為の艦しか派遣しなかったのか。しかも・・・・」

 更に、ヴェスターラント上空にて行われた、戦闘の模様が映し出された。タンネンベルク侯は続ける。

「しかも、だ。ヴェスターラントに対する救援活動を、妨害する艦隊が現れた。これは、貴族連合軍所属の部隊ではない。旗艦『リューベック』の姿も確認しているので、これが賊軍の首魁、ラインハルト・フォン・ミューゼル麾下の、ナイトハルト・ミュラーの率いる艦隊であることは明白。こともあろうに、『民衆の解放者』の軍が、被害に遭った民衆を救援する活動を妨害したのだ。一体、これは、何なのか」

 タンネンベルク侯は一旦話を切り、自分が言ったことが浸透するのを待った。若干の間を置いて、決定的な一言に繋げる。

「すなわち、ラインハルト・フォン・ミューゼルの申し立てている、『民衆の解放』など、絵空事に過ぎない、ということだ!オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクと同等、いやそれ以上の卑劣漢だと言ってもよい。ブラウンシュヴァイクは、『民衆の解放』などというお題目を唱えてはいないが、ミューゼルの方は自らの支持基盤であるはずの『民衆』を裏切ったのだ!ヴェスターラント攻撃の情報を入手しておきながら、攻撃を阻止するどころか、黙認し政治宣伝に利用しようとした。この罪は、到底見逃せるものではない!!」

「よって、私は今ここに、ミューゼルの罪を大神オーディンに告発し、正義と皇帝陛下の御名において、永遠の滅びを与えることを宣言する!ミューゼルに与する者も同様だ。このような、悪逆非道かつ正義も人道もない男を、到底許す訳にはいかない。ミューゼル自身が厚顔無恥にも言っているそうであるが、同じ事を私も敢えて言おう。帝国臣民諸君、一体誰が、この帝国を統治する責任と能力を有しているのか、もう一度よく考え直してみることだ」

 タンネンベルク侯の演説が終わると、全帝国が一斉に驚愕の叫びに包まれた。前日、繰り返し放送されたヴェスターラントの虐殺に対する責任が、百八十度ひっくり返ってしまったのでは、それも当然だったろう。一旦は貴族支配に対する嫌悪に向かった平民たちの感情が、「所詮ローエングラム侯も同じ穴の狢。偉そうなことを言っても貴族は貴族でしかない。平民の期待に応えてはくれないのだ」という方向に変わってしまったのも、無理のない話である。多くの平民たちは、一体誰を信じて良いのか、解らなくなってしまった、というところだ。















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