反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(3)






「よし、現時点にて戦闘終了。これより、我が艦隊は本隊を追従する!」

 シュタイナー少将の命令とともに、シュタイナー艦隊はキルヒアイス艦隊への牽制攻撃を中止し、踵を返しオーディンへと舳先を向け、全速前進を開始した。ルッツとワーレンが何とか追撃しようと試みたが、結局これも振り切られてしまってどうにもならない。最後まで、シュタイナー艦隊の機動力は、キルヒアイス艦隊にはどうすることもできなかった。

 実に、三日間にわたり、キルヒアイス艦隊を振り回し、足止め攻撃をし続けたシュタイナー艦隊である。機動力を生かして側方や後方に回り込み、、嫌がらせのような攻撃を連続的に行う。相手が本格的な戦闘に入る兆しを僅かでも見せると、距離を取って受け流してしまう。これを延々と繰り返したのである。キルヒアイスもルッツもワーレンも、何度も罠を構築してシュタイナー艦隊を誘い込もうとしたのだが、ついにシュタイナーは一度も引っかからなかった。時間ばかり掛かって戦果のあがらない、徒労のような戦闘を三日に渡って行った、いや行わさせられたキルヒアイス艦隊将兵の疲労は、相当色濃い。

 しかし、さすがのシュタイナー艦隊も、ビーム弾やミサイルの9割方を使い尽くし、補給を受けなければ、これ以上の戦闘継続は不可能という状態だった。だが、ここまでしぶとく戦いつつ、戦力的には一割弱程度しか失っていないのだ。貴重な時間を三日も稼いでおり、シュタイナー少将は過分なまでに任務を果たした、と言えよう。しかも、数量的には三倍以上の敵で、戦術指揮能力の高いキルヒアイス・ワーレン・ルッツが相手だった訳であるから、驚くべき戦果と言ってもいいだろう。




 高速で遠ざかっていくシュタイナー艦隊を、キルヒアイスは賞賛と困惑、焦燥が入り交じった複雑な心境で見つめていた。何度も仕掛けた罠、包囲殲滅作戦は悉く失敗し、逆に何かやるごとに出血を強要され続け、疲労困憊させられた相手である。三日間に渡ってそれをやり遂げた敵将の戦術手腕には、敵ながらあっぱれと賞賛する気持ちはもちろんあるのだが、今回懸かっているのはアンネローゼの安全である。さすがのキルヒアイスも、手放しで賞賛する気にはなれなかったのだ。

「我が艦隊も、直ちにオーディンへ向かいます!全艦、全速前進!!」

 キルヒアイスの命令で、艦隊は帝都へ向かって進撃を開始した。しかし、その歩みは遅々として進まない。何しろ、艦隊の規模が敵より大きい上に、高速艦で固められている訳でもない。しかも敵艦隊に散々引っかき回された後である。一旦陣型を立て直し、その後にオーディンへの進撃を開始したいところだが、今は一分一秒でも時間が惜しい。進撃しつつ、徐々に体勢を立て直すしかないだろう。その際、多少の脱落艦が生じるのはやむを得ない。




「ようやくたどり着いたか。8日と20時間、キフォイザー近辺の辺境星域からであることを考えると、そこそこの記録だろう」

 タンネンベルク伯爵は、旗艦「カール・フォン・クラウゼヴィッツ」の艦橋で、一人呟いた。伯の眼下には、まごうことなき帝都オーディンの姿がある。9日目、タンネンベルク伯の率いる艦隊は、ようやくオーディンに到着したのだ。しかも、1000隻の艦隊に、脱落艦はない。これは、元々数としては少なかったことと、伯の卓越した艦隊指揮能力の賜物による、ということであろう。さっそく、降下作戦の指揮を取る、第5装甲擲弾兵連隊のギュンター・フォン・シュタウフェンベルク大佐の艦を呼び出す。

「即刻、降下作戦を開始するのだ。おそらく、敵はウォルフガング・ミッターマイヤー大将の率いる艦隊を差し向けていよう。彼らはまだ到着していないようだが、今こうしている間にも、先遣隊が現れる可能性が高い。一分一秒でも早く、オーディンの主要目標を制圧するのだ!最重要拠点は新無憂宮(ノイエ・サンスーシー)と、ローエングラム侯のシュワルツェンの館である。皇帝陛下とグリューネワルト伯爵夫人の身柄を、可及的速やかに確保するのだ。但し、両者とも絶対に傷つけてはならぬし、手荒な真似も許さぬぞ」

 タンネンベルク伯は、通信画面の中の大佐に告げた。シュタウフェンベルクは男爵の階位を持つ貴族で、タンネンベルク伯の閥の一人である。

「次位の目標は、帝国宰相府とリヒテンラーデ公の館である。リヒテンラーデ公爵閣下には、自裁をお勧めせよ。さすがに、帝国宰相ともあろうお方を、死刑には出来ぬからな。まあ、こちらは万一の場合は、逃がしてもよい。皇帝陛下とグリューネワルト伯爵夫人の身柄に比べれば、さしたる問題ではないのでな。あくまで最初の任務を果たしたのち、余力があれば、ということだ」

「諒解しました。ところで、降下部隊に随伴させる艦は、いかが程にしましょうか?制圧すべき地点が多い訳ではないので、無闇には必要ないとは思いますが」

「うむ、200隻ほどを充てる。オーディンの帝都地区を押さえるのには、その程度あれば充分だろう。残りの800隻は、上空援護に廻し私が指揮を執る。今すぐにでも、ミッターマイヤー艦隊が現れておかしくないのでな。こちらは私に任せて、卿は地上の制圧に専念せよ。一隻たりとも通さず、帝都地区制圧の妨害はさせぬので安心してよい」

「はっ。では、降下作戦を開始します!」

 シュタウフェンベルク大佐は敬礼し、通信が切られる。早速、タンネンベルク艦隊の中から、200隻がオーディンの帝都地区に向かって降下を開始した。本来、皇宮・帝国宰相府・各省庁などが並んでいる帝都地区に艦艇を降下させるなど、とんでもない話である。特に新無憂宮の上空に艦船が侵入した場合は、不敬罪で責任者は直ちに銃殺されるところだ。しかし、今回はそんな事を気にしている場合ではない。それ以上に不敬な行為である、皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の捕縛が目的なのだから。



 降下作戦が開始され、シュタウフェンベルク大佐が指揮する艦船が帝都地区に侵入を開始した。宇宙港の管制を無視した、200隻の帝国軍艦艇の帝都地区への降下により、時ならぬパニック状態が発生する。

「警告します、管制に従いなさい!帝都上空に侵入した艦船は、航路法を犯しています!帝都地区に関する航路法違反は、最高銃殺刑の重罪です!管制に従いなさい!!」

 通信機にがなり立てているオーディン帝都宇宙港管制官の警告と指示を無視して、降下してきた200隻の艦船の内半数の100隻は、次々と開けている場所に着陸した。中には、目測を誤って建物を押し潰した艦もある。艦船が着陸すると、エアロックが開くと同時に完全武装の兵士たちを吐き出す。艦から降りた兵士たちは、脱兎の如く駆け出すと、残り100隻の上空援護のもと、主要地区を制圧し始める。戦闘艇ワルキューレも発進し、帝都上空を乱舞し、ローエングラム侯側の警備兵力を発見すると攻撃を開始した。一隻から平均100人、約一万の兵力が降り立ち、地上制圧にあてられている。

「よし!先ずは皇宮の制圧だ!続け!!」

 帝都地区の警備には、モルト中将率いる三万の兵力があてられていたのだが、戦闘艇までも発進させて地上に睨みを効かせる制圧艦隊の前に、手も足も出ない。皇宮警備には一万ばかりの兵力があり、万全の体制で待ち構えていたのだが、上空から戦闘艦の砲撃とワルキューレの地上援護攻撃を受け、ハンドミサイルで若干の抵抗を行いはしたものの、簡単に叩き潰されてしまったのだ。皇宮に向かったシュタウフェンベルク大佐指揮の陸戦隊は、精々五千人程度で軽火器しか持っていなかったのだが、いかに倍の一万の兵力があるとはいえ、上空ががら空きでは何もなし得なかったのである。戦闘車両・迫撃砲・重砲・重機関銃など多数を装備していても、空爆で叩き潰されてしまってはどうにもならない。先ずは戦闘機タイプのワルキューレが飛んできて、対空火器を砲撃で叩き潰し、更に集束爆弾を積んだ地上攻撃機タイプのワルキューレが、広範囲の地上部隊を一瞬で劫火により焼き尽くし掃討した。更に生き残った戦力には、戦闘艦の砲撃が加えられて止めを刺されたのである。もちろん攻撃側は、皇宮自体には損害を及ぼさないように、注意して攻撃していたので新無憂宮には被害はない。皇宮の警備兵たちは、上空からの圧倒的な攻撃によって戦力も志気も崩壊させられた後、雪崩れ込んできた多数の陸戦隊にビーム銃を突きつけられ、武器を捨てて降伏する以外、取る道がなかったのである。

「皇帝陛下。申し訳ありませぬが、以後新無憂宮は、我々の支配下に入ります。軽挙妄動はお慎みになられるよう、謹んで言上つかまつります」

 ずかずかと居室にまで入り込んできて、それでも深く一礼しながら言うシュタウフェンベルクに、幼帝は興味なさそうに、一度目をやっただけだった。知らん顔で、大きな熊のぬいぐるみを振り回しており、シュタウフェンベルクの存在自体無視しているようだ。侍従や女官たちの姿は見えない。取り敢えず纏めて一部屋に監禁した為ではあるが、突然の軍隊の乱入に、怯えている者ばかりなので、危険性はなさそうだった。その内、監禁状態から解放して、また皇帝の世話をさせることになるだろう。もちろん、陸戦隊の監視の下で、ということにはなるのだが。


 三時間弱で、帝都地区はほぼ制圧されてしまっていた。皇宮近辺で行われた戦闘の惨状に、さすがのモルト中将もこれ以上の抗戦を諦め、降伏を受け入れたからだ。まだ半数の一万五千程度の戦力は残っていたのだが、これも空爆の生け贄にするよりは、との中将の判断である。実際、クラスター爆弾による攻撃は、上空援護のない地上部隊にとっては、恐怖以外の何物でもなかったのである。アンネローゼが居住するシュワルツェンの館を警護していた陸上部隊も、降伏して武装解除されてしまう。最重要項目である、皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の身柄、及びグリューネワルト伯爵夫人の身柄は、完全に確保されたのだ。また、帝国宰相府ではなく、私邸にいたリヒテンラーデ公は完全に屋敷を包囲され、窮地に陥っていた。

「グリューネワルト伯爵夫人、お気の毒ですが、貴女は我々貴族連合軍の虜囚となりました。無論、先帝陛下の寵姫たる貴婦人に、手荒な真似などはいたしませぬが、しばらくは我々の監視下にてある程度は不自由な生活をおくっていただくことになります。悪しからずご了承下さい」

 皇宮を辞したシュタウフェンベルクは、次にシュワルツェンの館に向かい、アンネローゼに面会した。シュタウフェンベルクの通告に、アンネローゼは悲しそうな顔をして黙っているだけで、何も返事をしようとはしない。先帝の死によって囚われの身から解放され、ようやく弟とその親友との平穏な生活を得られたと思った矢先に、再度虜囚の運命である。アンネローゼならずとも、運命の過酷さに悲しみを得ずにはいられないだろう。

「監視は怠らないようにしろ。自殺でもされたらことだ」

 アンネローゼのもとを退去する時、シュタウフェンベルクはシュワルツェンの館を制圧した部隊の指揮をとる、若い中尉にそう告げた。何しろ、アンネローゼが無事に生きていないと、人質としての価値がない。帝都を制圧したとはいえ、差し当たっては、タンネンベルク伯の戦力はたかだか1000隻しかないのだ。リッテンハイム侯の本隊が到着するまで、何とか持ちこたえなければならない。その為には、アンネローゼは最重要の人質である。ローエングラム侯爵が総司令官である以上、人質となったアンネローゼを無視して、タンネンベルク艦隊に攻撃を開始するなど、到底あり得ないことだろう。それで、リッテンハイム艦隊が到着するまでの時間は、充分稼げるはずだ。




「所属不明の艦隊が接近中。数、およそ1000隻!」

 ピケットラインに配置された駆逐艦からの報告が、「クラウゼヴィッツ」に入ってきた。リッテンハイム侯の艦隊が、このように早く到着する訳はない。それに数も少なすぎる。

「遂にやってきたか。さすがに早い。『疾風ウォルフ』、ウォルフガング・ミッターマイヤー大将直率の艦隊に間違いないだろう。ピケット艦は退却して本隊に合流しろ。全艦戦闘配備!」

 感心したような物言いではあるものの、正直タンネンベルク伯は「冷や汗ものだ」と思っていた。何と、タンネンベルク伯がオーディンに到着してから、たったの二時間後に、ミッターマイヤー艦隊の先遣隊は現れたのだ。まだ地上はシュタウフェンベルク大佐が制圧行動中で、ことは終わっていない。

 出現した敵艦隊は、これも1000隻ほどである。可能な限り急行してきたであろうから、脱落艦多数が出ているはずだ。つまり、敵は時間が経てば経つほど、到着する艦が増え、戦力が向上していく訳である。最終的には、一個艦隊一万数千隻が現れるだろう。もちろん、タンネンベルク伯の方にも、時間が経てばリッテンハイム侯の友軍艦隊四万隻、シュタイナー艦隊9000隻の増援戦力が現れる。とはいえ、それはミッターマイヤー艦隊が勢揃いするより、後のことになるのは間違いない。しばらくは、1000隻の戦力で、一個艦隊に対処せねばならないのである。物理的に抵抗するのはさすがに不可能であるから、グリューネワルト伯爵夫人の命を盾に、相手を下がらせるしか方法がない。ところが、まだ地上の制圧は終わっていないのだ。とすれば、交戦を開始して、少しでも時間を稼ぐしかないだろう。

 しかし、今のところでも、艦隊の数量的には、タンネンベルク伯の方が少ない。地上制圧作戦に200隻を回しているので、伯の手持ち戦力は800隻である。しかし、タンネンベルク隊1000隻のうち、600隻以上を高速戦艦で固めてある、ということは伯の艦隊の強みだった。100隻は地上制圧に回したので、残るは500隻。巡航艦と駆逐艦は300隻である。これに対し、ミッターマイヤーの方は高速戦艦・巡航艦・駆逐艦がほぼ三分の一ずつ。しかも若干高速戦艦が少な目で、300隻あるかないか、というところだ。現状では、ほぼ互角といったところだろうか。



「前方、オーディン上空に、所属不明艦隊発見!およそ800隻!!」

「やはりか。タンネンベルク伯には、先を越されてしまったようだな」

 ミッターマイヤーは、予想通りの結果に頷く。

「敵は戦闘隊形を整えつつ、徐々に接近してきます!」

「敵艦隊中央に、戦艦『カール・フォン・クラウゼヴィッツ』の姿を確認!」

「クラウゼヴィッツ」の存在が明らかになったことにより、「人狼(ベイオウルフ)」の艦橋内にはどよめきが起こった。ミッターマイヤーはマイクを取り、全艦に放送する。

「その通りだ。オーディン上空の敵艦隊の指揮官は、エーリッヒ・フォン・タンネンベルク伯爵である。彼の名は、知っている者も多かろう。我らは、彼を撃ち破り、帝都を取り戻さねばならない。それが適わぬ場合、我らが逆賊になってしまうだろう。それに、強大な敵との一戦は、まさに武人の誉れである。私は、我が艦隊将兵の奮闘に、期待すること大である!」

 ミッターマイヤーの檄により、艦隊将兵の動揺は取り敢えず収束した。しかし、ミッターマイヤー自身、楽ではない事は承知している。何しろ相手が悪い。タンネンベルク伯と同兵力で正面からやり合って、勝てるという自信はミッターマイヤーにはなかった。しかし、今回は一刻でも早く敵を帝都から駆逐すべく、積極的に攻勢を掛けざるを得ないのだ。

 ミッターマイヤーは、そのまま艦隊をタンネンベルク艦隊に向けて突撃させた。



「敵艦隊、曲線軌道を描きつつ接近中!間もなく射程内に入ります!!」

「敵艦隊先頭集団に、戦艦『人狼(ベイオウルフ)』の姿を確認!敵将はミッターマイヤー大将に間違いありません!!」

「クラウゼヴィッツ」艦橋のタンネンベルク伯に報告がもたらされる。「人狼(ベイオウルフ)」の姿も確認し、想定通りミッターマイヤー艦隊であることが判明したのだ。

 さすがにミッターマイヤーは練達の指揮官だけあって、直線的に接近して来るような真似はしない。曲線的な軌道を描きつつ、オーディンを目指して突き進んでくる。タンネンベルク艦隊を突破できれば、そのまま帝都の殺到できる寸法だ。しかし、タンネンベルク伯もそれは折り込み済みで、すでにミッターマイヤーの突撃に対処すべく、防御陣型を整えつつある。

「よし。こちらは斜型陣にて応戦する。敵の圧力を受け流しつつ、敵が前進する方向を逸らすように交戦するのだ。決して短期決戦を求めてはならぬが、敵を帝都へは到達させないことは注意せよ。シュタウフェンベルク大佐による帝都の制圧が成功すれば、戦闘は一時中断するからな。我が方の目的は、時間稼ぎだ」

 タンネンベルク伯は、最初に全艦隊にはっきりと戦闘目的を指示した。決戦とは考えていない、時間稼ぎの戦闘を行え、と明確にである。行う事も、ミッターマイヤー艦隊の帝都への到達を妨害することのみだ。麾下の将兵に目的意識を持った戦闘行動をさせる。但し、複雑かつ複数の戦術目的は求めず、単純な方針を指示、とこれが、エーリッヒ・フォン・タンネンベルク一流の戦闘指揮だった。

「撃て!」

「撃て!」

 双方の艦隊指揮官の口から同じ言葉が発されると同時に、砲戦が開始された。ミッターマイヤーの曲線的な突撃を、タンネンベルクが斜に構えて若干後退し受け流しつつ、前進圧力をオーディン方向から逸らそうとする。



「糞(シャイセ)!このままでは、オーディンを目指すことは適わぬ」

 二十分ほどの戦闘の後、ミッターマイヤーは舌打ちした。タンネンベルク艦隊の方が全体の数は若干少ないものの、高速戦艦の数が多いので、受け身に廻った時にはその高い防御力と砲撃力が相当な強みを発揮する。ミッターマイヤーの突進は、敵の砲撃の圧力に負けて、じわじわとオーディンの方向から逸らされていってしまった。強力な防御砲火の前に、進路を変えざるを得なかったのだ。そのままの軌道で無理矢理にでもタンネンベルク艦隊の突破を図った場合、包囲された後、集中砲火を喰らって壊滅に近い損害を受ける事は目に見えている。

「やむを得ぬ。艦隊は右翼方向に進路を変えつつ、一旦敵から遠ざかれ。距離を取ってから陣型を再編し、もう一度突破を図る!」

 ミッターマイヤーは最初の突撃が失敗したことを素直に認め、戦術デザインのやり直しを命じる。やや右翼方向に進路を逸らされつつあったミッターマイヤー艦隊は、右への旋回を早めると、タンネンベルク艦隊との交戦距離から離れていった。



「深追いするな。こちらの目的は防御と時間稼ぎだ。敵の戦術機動に付き合って、派手なステップでダンスを踊る必要はない。あくまで、こちらが選択した戦場で戦うことを、敵に強要するのだ」

 タンネンベルク伯は、射程外に離脱したミッターマイヤー艦隊を追い掛けようとする麾下の艦隊を制し、再度防御の為の体勢を取らせる。今度は、敵が右翼から真っ直ぐ突入してくる事を予測し、艦隊全体の向きを右に回転させた上、中央がやや凹んだV字隊形に再編した。しかし、中央部の厚みは十分とるようにしているので、これを突破するのはかなり難しいだろう。

 約二十分後、紡錘陣型に艦隊を再編したミッターマイヤーは、遮二無二タンネンベルク艦隊への突撃を開始した。しかし、これも上手くいかない。タンネンベルク伯が構築したV字陣型は、中央部の厚みが他の部分の2倍はある。砲火を集中して突破を図ろうにも、艦列に開けた穴をすぐに塞がれてしまい、さしものミッターマイヤーと雖もどうにもならない。すぐに膠着状態に陥ってしまった。戦況は一進一退で、このままではどちらにとっても有利とは言えない。


「フフフ、さすがのミッターマイヤー提督も、苦戦のようだな。まあ、こちらは防御一点張りでいいのだから、そう簡単には突破されんぞ」

 戦いの最中でも、余裕を持って臨むタンネンベルク伯である。第三者として論評するような口調で呟いていた。

「しかし、こちらがそれだけの対応しかしない訳ではないぞ。膠着状態のままでは芸もないし、消耗戦になってしまっては不本意だからな。私の仕掛けも受け取ってくれたまえ」

 タンネンベルク伯は、ミッターマイヤー艦隊と交戦しつつ、中央部他から戦隊単位で徐々に兵力を引き抜いていたのだ。それらをV字陣型の左翼先端部に迂回させ、横撃の準備を整えさせている。いくら防御のみに専心しているとは言っても、それだけでは上手くはいかない。守るにしても、多少の逆襲を行い、敵に損害を与え退かせることは必要なのである。全体的に艦列の厚みが減るので、突破される危険性は高くなるが、「戦争とは、形を変えた賭博行為である」という、「戦争論(フォム・クリーゲ)」の著者、カール・フォン・クラウゼヴィッツの理論を、タンネンベルク伯は完全に理解している。切った張ったの鉄火場が嫌ならば、戦闘行為などに首を突っ込まないことだ。「クラウゼヴィッツ」を、自分の旗艦の艦名にするくらいであるから、タンネンベルク伯がそれくらい弁えていても当然だろう。

「左翼横撃部隊、攻撃開始!」

 タンネンベルク伯の命令とともに、横撃が開始された。たかだか100隻ほどの戦力だが、戦っているのは両軍合わせても2000隻ないのだから、状況を転換させるには十分な戦力である。横撃部隊は、すぐさまミッターマイヤー艦隊の側面に取り付き、攻撃を開始した。たちまちミッターマイヤー艦隊の右翼部隊が突き崩され、艦列がバラバラになってしまう。横撃部隊のうち、80隻までを高速戦艦で固めた効果があったようだ。何しろ、ミッターマイヤー艦隊主力の高速戦艦は、中央部へ圧力をかける為に、集中的に投入されていたのである。巡航艦と駆逐艦が主力の右翼側面に、高速戦艦主体の部隊が攻撃を掛けてきた訳だから、ひとたまりもない。ミッターマイヤー艦隊の右翼部隊主力は、混乱の渦に巻き込まれていった。



「くっ、右翼は後退!中央への攻勢も中止する!全艦隊、後退して体勢を立て直せ!!」

 ミッターマイヤーは攻勢を中断させると、艦隊の後退を命じた。どうにもこうにも上手くいかない。攻勢を中断させられたばかりか、したたかな逆撃まで受けてしまった。それでも、目的を果たした後、さっさと撤収する敵の横撃部隊に反撃しようとしたのだが、更に撤収を支援する部隊の攻撃を受け、損害が増すばかりとなってしまっている。エーリッヒ・フォン・タンネンベルク相手の戦いは楽ではないとは思っていたが、ここまでの難行だというのは、さすがのミッターマイヤーにも想像の埒外であったようだ。小一時間の戦闘で、結局ミッターマイヤー艦隊の損害は200隻にも達しており、対してタンネンベルク艦隊の損害は20隻ほどである。彼我の損失が1対10では、ミッターマイヤーの負けと言う以外に、表現のしようがない。


「くそっ、このままでは完全に負けだ。何とか反撃して、帝都を奪還しなければならぬ・・・・・」

 ミッターマイヤーの焦りの色は刻一刻と濃くなっていく。敵が抵抗を続けているということは、先ず間違いなくオーディンの地上はまだ制圧されていない、ということだ。今の内にタンネンベルク艦隊を排除してオーディン上空を制圧すれば、帝都の奪還は可能である。皇帝やアンネローゼを無傷で庇護する為にも、一刻も早くタンネンベルク伯を敗北させねばならない。

 焦燥感に駆られるミッターマイヤーだが、そこへ朗報がもたらされた。

「ミッターマイヤー提督、味方からの入電です!ドロイゼン隊800隻、たった今到着しました!!」

 通信担当士官の歓喜の声が、「人狼(ベイオウルフ)」の艦橋に響いた。到着したドロイゼン隊と、ミッターマイヤー隊の残存艦と合わせると1600隻。前より多い兵力で、消耗した敵に当たれるのである。今度は戦力比が倍開くので、前より有利な条件で戦えることは間違いない。ミッターマイヤーの戦術指揮能力なら、普通にやれば楽勝できるはずである。

「ミッターマイヤー閣下。遅くなって申し訳ありません。差し当たっては大した数ではないのですが、以後も増援は来ますので、ご寛恕願います」

 通信画面に現れたドロイゼンに、ミッターマイヤーは無言で頷いた。一刻たりとも無駄な時間はないのである。直ちに突っかける、そう思って艦隊を敵に向けようと思ったその時だった。

「敵からの通信です!これは・・・・タンネンベルク伯爵自らが出るようです!!」

「つなげ」というミッターマイヤーの指示と同時に、「人狼(ベイオウルフ)」艦橋の通信用スクリーンに、黒と銀で彩られた銀河帝国軍大将の軍服を纏う、タンネンベルク伯爵が現れた。

「久しいな、ミッターマイヤー提督。卿とは何度か前線で邂逅したことがあったな。私は、『疾風ウォルフ』との手合わせが適い、光栄だと思っているよ」

「いや、タンネンベルク伯爵閣下。閣下と手合わせが願えて、光栄なのは小官の方でしょう。先ほどの迎撃戦闘と側背からの逆撃はお見事でした。しかし、以後はそうは行かぬとご覚悟願いたいところですな」

 両者ともに、相手を褒め称えるような挨拶から始めた。実際、偽善などではなく、相手の軍事的能力に敬意を持っているのは、両者とも同様である。

「まったくだ。卿を相手に手抜きなどできぬよ。楽に勝たせてくれる訳はないのでな」

「それは、お互い様と言うものでしょう。仰ぐ旗が違う以上、全力を尽くして戦うのは当然のこと」

 挨拶のようなやりとりが終わったところで、タンネンベルク伯は本題に入った。

「ところで相談なのだがな、卿には退いてもらいたいと思うのだが。ここでこれ以上、戦闘を継続するのは、私にとっては本意ではない。まだまだ処理せねばならぬ事が、山ほどあるのでな」

 タンネンベルク伯の申し出を、ミッターマイヤーは言下に拒絶する。

「それはできませぬな。帝都を閣下に渡す訳には参りません。小官は閣下にこそ、帝都から退去していただきたいと考えます。今後、我が麾下の戦力、一個艦隊分一万数千隻が続々と到着しますから、閣下の艦隊だけで抵抗するのは不可能であると思うのですが。ご覧のように、我が方は増援も到着し始めています。伯爵閣下には、その程度のことは、とうにご承知の筈では」

 逆に、そちらが帝都から退去しろ、というミッターマイヤーの要求である。

「無論、私も何の担保もなく、このような提案はせぬよ。僅かな戦力で一個艦隊と戦うのでは、堪ったものではないのでね。これをご覧いただこうか」

 画面が切り替わり、シュワルツェンの館のアンネローゼの姿が映し出される。寂しげな目で下を向いているアンネローゼの姿に、ミッターマイヤーは息を飲んだ。画面はまた直ぐに切り替わり、再度スクリーンに現れたタンネンベルク伯が畳みかける。

「もちろん、グリューネワルト伯爵夫人には危害を加えてはおらぬ。大事な人質だからな。しかし、卿が退かぬと言うのならそういう訳にもいかない。まことに不本意ながら、伯爵夫人には、不愉快な目に遭っていただく必要が生じるだろう」

 アンネローゼの命を盾に取った脅迫以外の何物でもない、タンネンベルク伯の言いようであった。

「・・・・・・・・・・伯爵閣下。か弱き女性を人質に取るなど、そこまでの卑劣な行為に、武人としての矜持が傷つくとはお考えにはなりませぬか?」

 言い方は静かなものの、「女を人質に取るような卑怯者め!」という怒気の籠もったミッターマイヤーの非難に、タンネンベルク伯は平然と答える。

「卿は何か勘違いをしてはおらぬか?我々が行っているのは、互いの破滅を賭けた闘争だ。勝てば全てを手に入れ、逆に負ければ全てを失うことになる。勝つ為の手段に、綺麗も汚いもありはせぬ。卿の陣営のパウル・フォン・オーベルシュタイン中将なら、私の言う事を即座に肯定すると思うがな。この際、騎士道精神を発揮しようなどとは、少なくとも私は思わぬよ。もちろん、それで卿が自縄自縛に陥るのは勝手なので、好きにするがよいとは思うが」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それこそ、オーベルシュタインが乗り移ったとしか思えないようなタンネンベルク伯の言いように、ミッターマイヤーは返す言葉を失った。

「おそらくオーベルシュタイン中将は、『グリューネワルト伯爵夫人を犠牲にしてでも、帝都を奪還すべし。躊躇せずに即刻タンネンベルク軍を撃滅せよ』と主張するだろうが、それはローエングラム侯が容れまい。卿は撤退するしかなくなると思うがな。そういうことであるので、卿の艦隊は、早急にヴァルハラ星系から退去されよ。2時間以内に退去を開始せぬ場合、グリューネワルト伯爵夫人の安全は保障できぬ、とローエングラム侯にも申し伝えるがよい」

 タンネンベルク伯爵は、それだけ言うと通信を切る。ミッターマイヤーは、苦悶の表情で、しばらくは微動だにしない。いや、微動だにできなくなってしまったのである。グリューネワルト伯爵夫人を人質に取ったタンネンベルク伯のやりように対する憤りと、容易ならざる事態に陥ってしまったことに対する不安、ローエングラム侯に一体どう報告したらよいのか・・・・・ミッターマイヤーの想いは千々に乱れ、纏まりがつかなくなってしまったようだ。




「帝都地区の制圧に成功。皇帝陛下及びグリューネワルト伯爵夫人の身柄、いずれも無事確保しました!」

 シュタウフェンベルクの弾んだ声が「クラウゼヴィッツ」のタンネンベルク伯に届いた。すでに、オーディン近辺の宇宙空間では、タンネンベルク艦隊とミッターマイヤー艦隊の交戦が始まって一時間近く経っている。タンネンベルク伯にとっては、待ちに待った朗報、というところである。ミッターマイヤー提督自身が率いる先遣隊は何とか叩いたものの、すでに後続がヴァルハラ星系に到着していた。今後、一万隻以上の戦力が、五月雨式にやってくることは間違いないのだから、さすがのタンネンベルク伯爵と雖も、その場合は尻尾を巻いて退散せざるを得なくなる。いや、退散できれば幸運、という話だろう。

「大佐、ご苦労だった。早速だが、グリューネワルト伯爵夫人の映像を、こちらに送るのだ。それでこちらの戦闘も終結する」

 アンネローゼの映像は、すぐに「クラウゼヴィッツ」に送られ、ミッターマイヤー提督、いやラインハルト軍に対する効果的な脅迫となる。ミッターマイヤー艦隊からの攻撃は完全に止み、さほど時間が経たない内に退却を開始した。現時点では、形勢不利を認め、退いたということだろう。タンネンベルク伯のオーディン直撃作戦、ブラウ作戦は成功したのである。

「では、これから私もオーディンへ降りる。シャトルの用意をせよ。『クラウゼヴィッツ』は、このまま臨戦待機すること。艦隊の指揮はクライスト准将に一時委任する。当分の間艦隊戦闘はないと思うが、私が『クラウゼヴィッツ』にいないことは秘匿するのだ」

 早速シャトルへ搭乗する為、「クラウゼヴィッツ」の艦橋を後にするタンネンベルク伯である。落ち着きがない、とか忙しない、ではない。決断したら即行動、それも、伯の指揮官としての優れた資質だった。いつまでもぐずぐずと決断を引き延ばし、行動も遅いのではどうしようもない。可能な限り収集した情報を元に、即断即決し、すぐ行動に移す。何も軍人にのみに限った話ではなく、企業経営者だろうが国家の舵取りだろうが、人の上に立つ者が必要とする資質と言ってもいいだろう。もちろん、その判断が間違っていた場合はどうしようもないが、現在のところタンネンベルク伯の決断は、どれもこれも状況に合致したものばかりだった。

 三十分後には地上に降り立ったタンネンベルク伯は、先ずはリヒテンラーデ公爵邸に向かった。すでに公爵邸の警備兵は排除され、公爵自身は自室に軟禁されている。タンネンベルク伯は、警護の兵とともにリヒテンラーデ公爵に面会し、通告した。

「リヒテンラーデ公爵閣下。地位と権力に執着するあまり、晩節を汚されましたな。帝国貴族主流の立場にありながら、成り上がりの体制破壊者に与するとは。先帝陛下の崩御とともに隠居なさっておられれば、今日の日を迎えることもなかったでしょうに」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「言うまでもないことですが、公爵閣下はこの始末を自身でお付けになるべきです。私の言っている意味は、一々説明しなくてもよろしいですな?」

 もちろん、タンネンベルク伯の言っている意味は、「自決しろ」である。金髪の孺子に付いたリヒテンラーデ公爵に、「名誉ある自決」を認めるということだけでも、貴族連合軍にとっては十分な譲歩であるのだ。

「・・・・・・・・・・一つだけ聞きたい。わしが命を絶った後、わが公爵家はどうなる?」

 オーディンを貴族連合軍に制圧されてしまい、逃げることも適わなくなった以上、リヒテンラーデ公爵の命は助かりようがない。せめて家の存続だけでも、と公爵が考えるのも無理のないところだろう。

「ご心配なさるな。もちろん、公爵家の係累は当分の間公職からは追放になりますし、階位も元の侯爵家に、一段階下げていただきます。それだけではなく、争乱の責任ということで領地を一部召し上げは致しますが、リヒテンラーデ侯爵家自体を取り潰すつもりはありませぬ。公爵閣下の自決後、ご子息への侯爵家の継承は認めましょう。ローエングラム侯に与する、などという誤った判断を行った責任は公爵閣下ご自身のみにあります。親族まで処罰する気は、少なくとも私にはありませぬので」

「・・・・しかし、卿がそう言ってくれても、他の者がどう思うかな。リッテンハイム侯などは、快く思わないのではないか」

「それは、私を信用してくれ、としか言いようがありませぬな。タンネンベルク伯爵家の名に賭けてお約束する、という事でご納得いただくしかありませぬ」

「・・・・・・・・・・・・わかった。卿の言うとおり、わしは自決する。後はよろしくお願いしたい」

 リヒテンラーデ公爵はそう言うと、タンネンベルク伯に向かい、深く一礼した。公爵自身の命を奪っても、侯爵家自体は潰さない、というタンネンベルク伯の判断に感謝の意を表したのだ。実際、タンネンベルク伯爵としては、ローエングラム侯に与した者に対しても、降伏した者には寛大な措置を、と考えている。その宣伝効果があれば、形勢によっては日和見して貴族連合の方に転ぶ者も出てこよう。一旦その傾向が出てくると、あとは雪だるま式に味方に付く者が激増し勝負が付く、と伯は考えていたのである。

 次に伯爵は、マリーンドルフ伯爵邸に向かった。これも、ローエングラム侯に付くことを決断した家である。とは言っても、マリーンドルフ伯フランツが、何か要職に付いていたり、ローエングラム陣営の主役として活躍していた訳ではない。タンネンベルク伯も、マリーンドルフ伯を厳罰に処すべしと思っている訳ではなかった。タンネンベルク伯は、マリーンドルフ伯本人と言うより、ローエングラム陣営に接近することを判断した、伯の娘ヒルデガルドに興味を持った、というだけである。

「フロイライン、聡明な貴女が、何故ローエングラム侯に付く事を決断なさったのかな?私としては、その過程に相当な興味を憶えるが」

 タンネンベルク伯とさしでやり取りしていても、ヒルダは臆した様子は全く見せなかった。

「言うまでもありませんわ。この戦、ローエングラム侯が勝つ、と判断した為です。家の生き残りの為ですわ」

「ほう、しかし今現在の状況は、フロイラインの判断とは大分違うようだが、それについてはいかにお考えかな?」

「それは、全くの想定外の事態です。タンネンベルク伯爵閣下の介入は、予測因子の中に入っていませんでしたので。わたくしも驚いていますわ。しかし、まだ終わった訳ではありませんわね」

「ふむ、確かにフロイラインの言う通りだな。わが貴族連合は、まだ勝った訳ではない。取り敢えずオーディンを押さえて、ローエングラム侯の油断をものにした、というだけだ。また、貴族連合軍自体も、全体の兵力はローエングラム侯軍より上とはいえ、意思統一が図れているとは言い難い。何しろ、リッテンハイム侯がブラウンシュヴァイク公と喧嘩別れしたからこそ、分派活動が可能になり、私のオーディン直撃戦略が行える、という皮肉な結果になったのでな。フロイラインがローエングラム侯有利と判断した理由も、そのあたりではないかな?貴族連合は勝手に分裂して自滅する、と予想して」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 平然と貴族連合の問題点をも指摘してみせるタンネンベルク伯に、ヒルダは無言で頷いてみせるだけだった。しかし、内心では驚きと不安があった。そこまでちゃんと理解しているのに、貴族連合に荷担するタンネンベルク伯。一体この人物は何を考えているのだろう、何か勝算があるのだろうか?と不気味に思ったからである。

「フロイラインの次の疑問は当然そこだろうな。『一体、タンネンベルクなる男は、この後何をどうするつもりなのか?』と。今のところの状況としては、グリューネワルト伯爵夫人を人質に取れたところで、私にはかなりの時間が与えられた訳だ。何か手を打つのに充分な時間がな。それを精々有効活用させてもらう事にする、というだけだ。成功すれば、おそらくフロイラインの思った結果とは、逆になることだろうな。さすがに、一応敵方に付いているフロイラインには、具体的に何をどうするかまでは教えてはやらぬが」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「まあ、我らが勝ちローエングラム侯が敗北した場合でも、フロイラインはさほど心配せずともよい。もちろん、マリーンドルフ伯爵家には、領地を削るか罰金程度の懲罰は当然行うが、それ以上伯爵の命を差し出せ、などの無体な要求をするつもりは持っておらぬ。リヒテンラーデ公とは違い、伯爵やフロイラインが、重要な地位や立場でローエングラム侯に与力した、とは言えぬしな。我らの目的は、帝国の根幹たる貴族階級に挑戦した不逞の輩を討伐する事であって、日和見した貴族階級に対してまで、厳罰をもって律する、ということではない。見せしめはリヒテンラーデ公爵一人で充分だということだ。また逆に、ローエングラム侯が勝利した場合は、フロイラインは『タンネンベルク伯により軟禁されていた』と主張すればいいだけだろう。まあ、今回フロイラインには、このままご自宅に籠もって、戦役の行く末を黙って見ていていただくとしようか。残念ながら、何かの役割を果たすことは適わぬ。フロイラインのように、切れる人物に帝都で蠢かれるのは、背後を脅かされて危険なのでね。外出も通信も許可できない」

 それだけを言うと、タンネンベルク伯は、ヒルダとの会見を打ち切って、マリーンドルフ伯爵邸を後にした。

「これは本当に予想外の事態だし、ひょっとするとひょっとするかも知れないわね。タンネンベルク伯爵の手並みは、驚く程のものよ。ローエングラム侯爵といい勝負、いえどちらが上かは私にも解らない。所詮は現体制を肯定するだけの、時代の流れに付いていけない旧勢力と侮ったのは間違いだったのかしら?」

 タンネンベルク伯の姿が消えたあと、しばらく考え込んでしまったヒルダである。















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