反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(9)







「早速だが、救出作戦の検討に移ろう。フェルナー大佐、卿には腹案があると思うのだが・・・・」

 ここはオーディンの下町、シュワルツェンの館からもそう遠くはない邸宅の一室。ロイエンタールが率いる、グリューネワルト伯爵夫人救出部隊の司令部として、早速稼働を開始している。しかし、あくまで隠密裏での行動が求められており、大人数が出入りするなどの動きは禁物だった。実際、ロイエンタールたちは途中で車を乗り換え作業服も着替え、通常の乗用車で少人数ずつ分散して集結してきたわけである。

 しかし、このロイエンタールたちの動きは、とうの昔に社会秩序維持局のフルマークに遭っているのだが、ロイエンタールやフェルナーはその事態を認識していない、と状況としては極めて悪い。

「それでは、ご説明申し上げます。グリューネワルト伯爵夫人救出作戦は、第一段階の伯爵夫人の救出と、第二段階の我々のオーディン脱出、この二つの行動からなっています。いずれも、まともに行えば、困難極まりないものでしょう。しかし、全く手がないわけではありません。先ずは、第一段階からですが、伯爵夫人が軟禁されているシュワルツェンの館は、多数の警備兵が配備されており、正面から突破しようと思えばそれ以上の兵力が必要になります。別の方法を採らなければなりません」

 フェルナーの説明を、頷きながら聞いている一同である。すでに、フェルナーはオーディン潜入までの道中で、ロイエンタールには基本計画を説明していた。しかし、それはこの場にいる全員の認識ではない。改めて周知させる必要はあるのである。

「その方法は、結局は地下からしかあり得ません。トンネルをシュワルツェンの館の地下まで掘り、そこから館の中に突入する、という方法です。その際、陽動の攻撃や爆破なども同時に行い、敵を混乱に陥れられれば重畳というものでしょう」

「ところで、トンネルを掘ると簡単に言うが、実際はかなり困難なのではないか。あまり時間も掛けられないしな」

「いえ、それがすでにある程度は、用意してあるのです。以前、私がブラウンシュヴァイク公の麾下であった時、シュワルツェンの館を襲撃してローエングラム侯を殺害し、戦役勃発を未然に阻止しようとしたことがありました。その際は、時間がなかったので正面からの攻撃しかできませんでしたが、当初は地下にトンネルを掘って爆弾を仕掛け、館ごと吹き飛ばしてしまおう、という計画もあったのですよ。無駄にはなりましたが、その準備はそのままになっていますので、途中まで掘ったそのトンネルを再利用し、館の真下まで掘り進めてから、突入しようと思います」

「しかし、そのトンネルの存在は、敵に気付かれてはいないだろうか?卿が掘らせていたものであれば、貴族連合軍の一員が知っている可能性は高いと思うのだが」

「いえ、これは全く私の部下たちだけで行っていたことでして、ブラウンシュヴァイク公すら与り知らぬ話です。その部下たちも、全員が私と一緒にローエングラム侯の陣営に付いた以上、貴族連合軍で知る者はおりません」

「なるほど。しかし、トンネルの存在を知らなくても、何かの偶然で発見したということもある。それもないのだろうか?」

「可能性は低いでしょう。下水道などとは無関係に掘らせましたし、出入り口も私が用意した拠点の一つで、家屋の中ですので目立つことはありません。発見されている可能性は、考慮に入れずとも良いと思われます」

 フェルナーの言うとおり、途中まで掘ったトンネルは、タンネンベルク侯や社会秩序維持局、すなわちハイドリッヒ・ラングには発見されてはいなかった。それを利用する突入作戦は、上手く行けば成功する可能性は高い。しかし、それはロイエンタールの潜入が露見していない場合は、という話である。

「よし、それはまあいいだろう。後は各自の役割を的確に分担し、臨機応変に対応すればよい。ところで、第二段階、オーディンからの脱出についてだが、これはどうやっても強行突破になる。グリューネワルト伯爵夫人を奪還したところで、敵にこちらの作戦は露見するわけだから、気付かれないように逃げるのは不可能だ。スピードがあり、しかもある程度は航続力のある艦で敵を振り切る必要がある。その為には、なるべく型の新しい軽巡航艦を一隻用意せねばならぬな。救出作戦実行直前に呼び寄せてオーディンに降ろし、タイミング良く乗り移れるようにしておかねばならない。なおかつ、敵の艦隊が、帝都の直上にいない時でなければ無理だ。というより、一時的で良いから、オーディンから若干なりとも離れてはくれないものだろうか」

「それは、小官が調べておきましょう。いくら何でも艦隊が永遠に帝都の上空に張り付いているわけはありません。演習などで、帝都星上空の艦船がいなくなることはあり得る話です。隙は必ず発見できるでしょう。その時こそが、決行のタイミングです」

 フェルナーの答に、頷くロイエンタールである。

「分かった。情報収集は卿に頼もう。一時的でも良い、敵艦隊に隙があれば、高速の軽巡航艦なら振り切れる可能性が高いからな。我々の支援艦隊も集結させれば、ある程度は交戦も可能だ。キルヒアイス提督とミッターマイヤー提督の艦隊は追い払われてしまったようだが、一旦敵を振り切れれば、あとはレンテンベルクまで一直線になる。いずれにせよ、勝負を掛ける時は一気にことを達成させねばならないだろう」

 ロイエンタールは断言するが、彼らを取り巻く状況は最悪である。すでにロイエンタールの潜入は社会秩序維持局に露見しており、この「グリューネワルト伯爵夫人救出作戦司令部」も、すでに社会秩序維持局要員の厳重な監視下にある。それに気付いていないロイエンタールらは、笑劇か狂言の主人公でしかないが、それに気付かされるまでにはまだ時間を要するようであった。




 タンネンベルク侯が残留させていたガイエスブルグ組は、シュヴェーリン伯爵、リュトヴィッツ子爵、マントイフェル男爵、エーゼベック男爵の四名である。この四人は、現在のところは新皇帝軍支持者として、公然と活動しているわけではない。表面上は静かに、ブラウンシュヴァイク公の指揮に従うかの如く見せかけていた。しかし、血縁者や親しくしている者たちには盛んに根回しを行っていたし、大広間に貴族たちが多数集まっている時などでは、なるべくオーディンの新皇帝軍に従うことが得策である、という方向に話を持って行くように誘導していた。その影響は徐々にではあるが、貴族連合軍の内部に浸透していたのである。いや、それ以前に、ほとんどの貴族たちが「できればオーディンに行って新皇帝軍に参加したい」という願望を持ってしまっているので、話を誘導していくことは、容易なものでしかなかった。

「ナイペルク伯爵の先走った離脱は予想外だったが、まあ現在のところは予定通りと言ってもよい。タンネンベルク伯爵、いや侯爵の読みの通り事態は進行している。あとはそうだな、侯爵からの親書が届けば・・・・」

 シュヴェーリン伯爵は一人呟いていた。現在のところ、彼らは派手な動きを見せてはいない。下手に目立つことをやって、ブラウンシュヴァイク公らに拘禁されでもしたら、何にもなりはしないからだ。まだ、公然とした動きができる段階ではないのである。

「伯爵」

 エーゼベック男爵がシュヴェーリン伯爵に近寄り、話しかけてきた。二人とも金髪碧眼、身長はシュヴェーリン伯爵の方が若干高く、年齢は33歳と30歳である。顔の造りは明らかに違うが、見た感じに同じような印象を受けるところがあるのは、この二人の曾祖父と曾祖母が兄妹であるから、ということであろう。

「卿か。何か動きでもあったのかな?」

 シュヴェーリン伯爵は、気さくな調子で返答した。年が近い上に血縁関係もあるので、シュヴェーリンにとってはエーゼベックは弟のような存在である。

「いえ。特に目新しいことはありませぬ。ブラウンシュヴァイク公は相変わらず不機嫌で、誰かに当たり散らしているかそうでなければ酒盛りかというところですし、メルカッツ提督は差詰め苦悩の塊といったところ。他の貴族たちは、基本的には新皇帝軍に参加したいという者が多いようですが、それでも、今すぐにはどう振るまったものかと、右往左往の状態のままです。ガイエスブルグ以外では、金髪の孺子の方は動きを見せませぬし、タンネンベルク侯爵からも指示はありませぬな。ですが・・・・・」

「ですが、何だ?」

「ナイペルク伯爵が離脱してからというものの、こちらの要塞内では浮き足立っている者が多いようです。何といったらよいのでしょうか・・・・騒々しいというか、落ち着きがないというか、どうもざわざわとして、良い雰囲気ではありませぬ。私としては、あまりいい気分とは言えませぬのですが」

「それはそうだろうな。ナイペルク伯爵がどうなるか、皆が固唾を呑んで見ている、といったところだろう。先陣を切るのは怖いし、途中のローエングラム侯の戦力はかなり不気味だ。突破できればいいが、失敗した場合は袋叩きにされる可能性があるからな。シュターデン提督の二の舞は御免、と考える者が多かろう」

 シュヴェーリンでなくとも、レンテンベルクに居座っているローエングラム軍は、非常に危険な存在だということは、いかに貴族連合軍と雖も理解しているところだ。シュターデン提督はラインハルトの部下の一人でしかないミッターマイヤーに簡単に撃破され、レンテンベルクもあっさり抜かれ、と今まではタンネンベルク侯爵が指揮した場合を除いて、貴族連合軍にとっては芳しい結果が出ていない。根拠のない自信には満ち溢れている貴族たちではあったが、負けが込むと考えも変わってくるものである。そんな彼らにとっては、タンネンベルク侯爵はまさに希望の星であろう。

「そのようですな。状況が思う通りに展開しないので、苛々している方が多いようです。ナイペルク伯爵に続きたいが、オーディンに到達できなくては意味がありませぬし、とはいえ早くオーディンに行ってリッテンハイム公・タンネンベルク侯の指揮下に入らないと、新体制にて重要な地位を得ることはできませぬ。また、ブラウンシュヴァイク公を見捨てるのにも、多少は良心にもとる行為ではないかと心配する。どうしようと、ジレンマの最たるものですからな。そういう意味では、タンネンベルク侯も、ある意味では罪なことをおやりになられたのかも知れませぬ」

「ふふん、状況が思う通りにならないのでは、それは精神的負荷も大きくはなるだろう。そもそも、我ら貴族階級は、軍に入って前線に出て生き残った者でもなければ、我慢が利かぬ者が多いからな。しかし、我らは違う。今のところは予定通りと言ってもよいし、タンネンベルク侯爵以下、戦火を潜った経験は皆にあるし、忍耐を知らぬ者はおらぬ」

 シュヴェーリンは自信たっぷりに述べた。エーゼベックもそれを聞き、深く頷いている。

「しかし、それもタンネンベルク侯の親書が、このガイエスブルグに届くまでの話だ。メルカッツ提督がタンネンベルク侯に同心なされば、話はほとんど決まるだろう。いかにブラウンシュヴァイク公と雖も、血族以外の全員一致の行動まで律することは出来ぬ」

 シュヴェーリンとしては、今はまだ「待ち」の段階だと考えている。しばらくすれば、タンネンベルク侯の親書を乗せた艦が、ガイエスブルグに到着することになる。動きを見せるのはそれからでよい。




 ガイエスブルグを出たナイペルク伯爵隊は、5日ほどでシャンタウ星系に達していた。敵の迎撃はなく、ここまでは順調にシャンタウに達している。ガイエスブルグを出たばかりのところでは、いつ敵の攻撃があるか、と警戒していたナイペルクだが、5日も経ってしまった今では、その警戒もかなり緩んでしまっている。緊張感が持続しない、という大貴族らしい「我慢が利かない」ところを、如実に示してしまっているようだ。しかし、シャンタウに入ったところで、状況は急変する。

「敵発見!数はおよそ百、前方から接近中!!」

 ナイペルク伯爵の旗艦「インスブルッグ」に、前方に敵が現れたとの報告が入った。

「何だ、僅か百だと?金髪の孺子め、わしを甘く見おって」

 ナイペルク伯爵は鼻で笑うと、攻撃を命じる。

「たかだか百隻、何ほどのものか。蹴散らしてしまえ!!」

 けしかけるような伯爵の命令で、ナイペルク隊は攻撃を開始した。ビームとミサイルが雨霰と撃ちかけられる。程なく、前方の艦隊は徐々に後退し、距離を取ってから反転して逃げ始めた。まともに抵抗しようとする意志は、まるで感じられない。おっかなびっくり戦っただけで、抗戦意欲も薄い、と言いたくなるようなものであった。

「ほれみろ。弱敵のくせに、身の程知らずにも突っかかってきおって。よし、全艦追撃!一気に捻り潰してしまうのだ!!」

 ナイペルク伯爵は、逃げる敵に対し、追撃を命じる。たかだか百隻程度、あっという間に揉み潰してしまうつもりであった。

「閣下、様子がおかしいのではないでしょうか。ここは、賊軍の現在の拠点、レンテンベルク要塞とガイエスブルグの中間の位置にあります。それにも拘わらず、たったあれだけの極めて中途半端な戦力しか出してこない、というのでは。何かの罠を構築している、ということはありませぬか?」

 ナイペルク伯爵の幕僚、トレスコウ中佐が疑問を呈する。

「中佐、あの逃げっぷりをよく見るがよい。金髪の孺子の軍は、タンネンベルク侯爵閣下に惨敗を喫したことで、全軍が浮き足だっておるのだ。交戦意欲が低下しているのに、孺子に命じられて嫌々戦っているから、あのような醜態を見せるのだろう。何も心配することはない」

 ナイペルク伯爵は、トレスコウ中佐の疑念を、全く受け付けなかった。意気消沈しているであろう金髪の孺子の軍など、自分の敵ではない、と本気で信じ込んでいたのである。伯爵のその様子を見て、トレスコウはそれ以上進言することができなくなってしまう。伯爵に聞く耳がないのでは、言っても無駄だと思ったからである。



「やれやれ、この程度で簡単に引っかかるというのも、張り合いがないものだな」

 ミュラーは旗艦「リューベック」の艦橋で、呆れたように呟いていた。百隻程度の囮を出して敵を誘い込み、包囲網の中に引きずり込んだところで、正面から全力で反撃を開始。そして、予め配置されている伏兵が混乱に陥った敵を取り囲み、一気に包囲殲滅する。ミュラーが立てた作戦は単純明快なものであった。少しでも考えてみる頭があるのなら、簡単に露見しそうなものでしかない。しかし、それでもナイペルク伯爵相手なら、充分だったようだ。

「よろしい。囮部隊に命令。反撃開始!本隊も前進し、攻撃する」

 前方から逃げてくる囮の百隻の艦隊が見えたところで、ミュラーは反撃を命じた。それと同時に、麾下の艦隊を前進させる。総数およそ六千の厚みから繰り出す火力をもって、浮かれたように突出してくるナイペルク隊の薄い戦力を叩き、潰走させるつもりだ。



「ぜ、前方に敵!およそ六千!!」

 逃げる弱敵を鼻歌混じりに追い掛けていたと思ったところに、味方の三倍の敵が突然現れたというのでは、驚くなという方が無理な話だ。索敵担当のオペレーターだけでなく、その驚愕は直ぐに「インスブルッグ」艦橋の全員に伝わった。ナイペルク伯爵自身も、これを聞いて浮き足立ってしまう。

「六千だと?!そ、それではこちらの三倍ではないか!!ぜ、全艦後退、後退して敵と距離を取る、急げ!!」

 泡を食ったようなナイペルク伯爵の指示は、命令を出すまでもなく全艦艇に実行されている。どの艦も、敵多数が突然前方に現れ猛攻撃を開始したことに驚き、勝手に後退を始めていたからだ。その為、ナイペルク隊は、秩序だった艦隊行動など取れず、今や陣型などあって無きが如しものでしかない。

「こ、後方にも敵!右側方、左側方、上も、下も、全方向が敵艦艇によって塞がれています!逃げられません!!」

 反転して後方に逃れようとした「インスブルッグ」だが、程なく後ろも安全ではないことが判明する。いや、それどころではない。全周を敵に囲まれ、逃げることもままならなくなってしまったのだ。

「な、な、な、何がどうなっているのだ!一体なぜ、こんな・・・・・」

 ナイペルクの叫びは、最後まで唱えられることはなかった。白熱した光が「インスブルッグ」を押し包み、艦と乗っていた人員全てを吹き飛ばしてしまったからだ。ナイペルク伯爵の肉体は、一瞬で焼き尽くされ、白い光の中に消える。続いて「インスブルッグ」の周囲にいた艦も、同じようにミュラー艦隊の砲火を受け、爆発四散して行った。

「よいか、容赦はするな。この敵は殲滅してしまうのだ。一隻たりとも逃がすことは許さぬ!!」

 ミュラーの檄は、ラインハルトに命じられた通り、断固たる意志で敵を叩き潰すというものであった。陣型が壊乱して秩序だった動きができなくなったあげく、旗艦も失ってしまったナイペルク隊は、まともに抗戦も行えず、逃げることもならず、ミュラー艦隊に一方的に殲滅されてゆく。それに対し、ミュラー艦隊の損害は微々たるものだ。ほとんど殺戮に近い戦いとなってしまっていたのである。

 小一時間ほどの戦闘で、ナイペルク隊は文字通り全滅してしまった。脱出した艦は一隻もない。降伏する暇もなく、ミュラー艦隊の包囲攻撃で二千隻の戦力が殲滅されてしまったのだ。さすがに、ミュラーとナイペルクでは、あまりに戦力と戦闘指揮能力に差がありすぎたようである。

 ナイペルク隊を殲滅したところで、ミュラーは艦隊に集結を命じ、進路をガイエスブルグに向けさせた。レンテンベルクのラインハルトにも一報を入れ、命令の半分は達成したことを連絡する。あとは残りの半分、ガイエスブルグ前面での偵察行動を行うのみだ。




「ナイペルク隊全滅」の報せは、ガイエスブルグとオーディンには届いてはこなかった。何しろ、当のナイペルク隊が文字通り全滅してしまったので、通報する者がいなかったのである。しかし、ラインハルトはすかさずこの戦果を宣伝に使うことにした。超光速通信(FTL)の回線をオープンにし、全帝国に演説を行ったのである。

「無知蒙昧にして愚劣なる貴族どもに告ぐ。お前たちの一員、アントン・フォン・ナイペルク伯爵とやらは、シャンタウ星系にて我が軍の攻撃を受け、宇宙の塵となった。このような無惨な最期を遂げたくなければ、これ以上の無駄な抵抗は断念し、我が軍に降伏せよ。そうすれば、命を助けてやるばかりか、無能なお前たちが喰うには困らない程度の財産も残してやろう。それが貴族どもが生存できる、唯一の道である。ここまで親切丁寧に教えてやっているのだから、無い知恵を絞って、生き延びる為に賢明なる判断を選択するがよかろう」

 ラインハルトの姿が画面から消えると、帝国宰相リッテンハイム公は激発した。

「うぬぬ、生意気な金髪の孺子め!きゃつの子分どもが、我が軍に惨敗したことをもう忘れおったのか!!おのれおのれ、今すぐにでも叩き潰してくれようぞ!!」

 ラインハルトの傍若無人な言いように、「我慢がならぬ」といったところのリッテンハイム公であった。そして直ちに「金髪の孺子の討伐」を行うつもりで、タンネンベルク侯を呼び出す。ほどなくして、軍務省から宰相府に駆けつけてきたタンネンベルク侯に、リッテンハイム公は用件を告げる。その様子を見て、タンネンベルク侯は苦笑しながら答えた。

「宰相閣下、これは奴の手でございます。こちらを挑発することで判断力を鈍らせ、優位を得ようとう程度の底の浅い策略で。宰相閣下の仰られた通り、ローエングラム侯は先ほどの惨敗にて焦っておることは間違いないのですから、むしろこのような挑発を行ってくるということは、精神的に追い詰められているのは彼の方であることを如実に示している、ということでしょう。我らはどっしりと構えて奴の挑発など気にもしていないところを見せつければ、何ほどのこともありはしませぬぞ」

 タンネンベルク侯に諭されて、すぐに大人しくなるリッテンハイム公であった。

「む、そうか。確かに、卿の言うとおり、今現在は間違いなく我が方が有利にある。何と言っても、我らが皇帝軍であって、奴らは叛逆者、すなわち賊軍なのだからな。あの小生意気な孺子であっても、それが気になって仕方ないということか」

「さようでございますな。さしもの『戦争の天才』も、焦っているということです。こちらが過剰反応することはありませぬぞ。我々が優位に立ったとはいえ、今の戦力でレンテンベルク要塞へ強襲を掛けるわけにも行きませぬからな。未だローエングラム侯のもとにも、八万隻からの戦力があることでございますし。ガイエスブルグへの工作が成功してからでないと、いかに我が軍と雖も動けはしないわけでございます」

 タンネンベルク侯としては、この程度の単純な挑発で激怒してしまうリッテンハイム公には困ったものだ、という感情は無論あるのだが、単純な分、説得も簡単だということは楽なものだと考えていた。これが自説に固執し、直ちに「金髪の孺子を討伐せよ」と有無を云わさず命令するような相手であれば、たまったものではない。道理を説けば解ってくれるだけに、操縦しやすい相手だと考えている。




 同日のほぼ同時刻、ガイエスブルグ要塞でもこのラインハルトの挑発は受信されている。もちろん、それを聞いて同じように、ブラウンシュヴァイク公やフレーゲル男爵は激発していた。それも、その二人に限った話ではない。

「この生意気な金髪の孺子が、たまたま運良く勝ったくらいで、調子に乗りおって!」

「下賤の身の分際で、我らに命令しようなどとは、何を偉そうに勘違いしているのか!」

 罵声を飛ばすブラウンシュヴァイク公爵・フレーゲル男爵の両名である。しかし、続いて彼らの思惑とは違う怒りの声が響いた。

「その通り!ヴァルハラ星系外縁部会戦では、タンネンベルク侯爵に手も足も出ず、惨敗を喫しおったくせに!!」

「何が無駄な抵抗だ!孺子如きに易々とやられる我らではないわ!侯爵にしたたかに打ち据えられても、まだ解らぬか!そんな偉そうなことは、我ら相手に一度でも勝ってから申すが良い!!」

「我らを甘く見るのもいい加減にしろ!金髪の孺子、どうせ貴様の方が敗北者となるのだ!!その時になっておめおめと降伏を申し込んだところで、許されるなどと思うなよ!!」

「身の程知らぬ貧乏貴族の小倅が、我ら門閥貴族階級の敵ではないことを、はっきりと示されてもまだ解らぬのか!」

 それらの声を聞いて、たちまち不機嫌そうな顔になるブラウンシュヴァイク公である。タンネンベルク侯爵の勝利を次々に褒め称える貴族たちに対し、不愉快な感情をはっきりと顕わしたわけである。しかし、怒り心頭に発しているブラウンシュヴァイク公以外の貴族たちには、「盟主」のそのような感情を思いやる余裕はなく、ブラウンシュヴァイク公の苛立ちは、当分癒されはしないようだ。




 ロイエンタールの指揮によるグリューネワルト伯爵夫人救出作戦は、佳境にさしかかっていた。トンネル掘りは順調に進み、あと僅かを残すのみとなっている。作戦決行時に必要な、武器の調達も進んでおり、トンネルさえ貫通すれば、いつでも実施できるまでになっていた。ロイエンタールは、トンネルが貫通し、敵艦船の帝都上空への配備状況に隙ができたところで、すかさず決行するつもりである。フェルナーの調査により判明した、帝都上空の敵艦船の護りが手薄になる、8月17日が決行予定日だった。




 5日後、敗残のキルヒアイス・ミッターマイヤー両艦隊がレンテンベルクに到着した。両提督は、直ぐにブリュンヒルトに赴き、ローエングラム侯と会見する。

「侯爵閣下、ただ今帰還いたしました」

 キルヒアイスが代表して告げ、ラインハルトに頭を下げる。ミッターマイヤーもそれに倣った。その様子を見て、ラインハルトは無言で頷く。

「此度、無念にも敗北を喫したことにより、常勝の閣下に汚名を被せることになってしまった件は、まことに申し訳なく、力量不足を痛感しているところにございます。願わくば、再度戦場に赴き、タンネンベルク侯爵への雪辱を果たす機会を得たい、と考えるところにございます」

「今回の敗戦はやむを得ない。タンネンベルクがあのような卑劣な戦法で突然攻勢を掛けてくる、と読めなかった私にも責任はある。卿らの罪を問うことはせぬし、次の戦いでは今まで以上に働いてもらうので、二人ともそのつもりでいるように」

 ラインハルトの答を聞き、更に深く頭を下げる両提督である。その様子を見て、傍らのオーベルシュタインの義眼が怪しく光った。義眼の光は単に機械の調子の問題ではあるが、無表情を装っているオーベルシュタインの考えはラインハルトとは明らかに違っている。しかし、今ここでそれを言葉にすることはしなかった。

「取り敢えず、卿ら二人とも下がって休め。現在は、ロイエンタールからの朗報を待つのみだ。また、ミュラーにはガイエスブルグ方面での偵察行動を命じてある。今後の方針については、まだ流動的で何とも言えないが、私としては姉上を救出できたところで、速やかにオーディンのタンネンベルクを討つつもりだ。二人とも、今回の敗北の経験を生かし、対タンネンベルク戦における効果的な作戦案を考えておいてもらおう」

 ラインハルトはそれだけを言うと、退出を促す。しかし、キルヒアイスには目配せをして、自分のところに来るように合図した。



「済まなかったな、キルヒアイス。姉上のことさえなければ、タンネンベルクなど直ぐにでも全兵力を以て叩き潰してやるものだが。お前には苦労ばかり掛ける」

 ラインハルトは、キルヒアイスに腰掛けるように促すと、ワインのボトルを取り出し、自らグラスに注ぐ。二つのグラスの片方をキルヒアイスに勧めると、自分もソファに腰掛けた。

「いえ、ラインハルトさま。今回の敗北は、正直に言ってそれだけとはいえません。仮に、アンネローゼさまのことがなくても、タンネンベルク侯爵相手には、かなりの損害を被った可能性が高いと思います。ここまでの惨敗は喫しなかったとしてもの話です。あの男は卑劣なだけではありません。甘く見るのは禁物です」

 キルヒアイスは、タンネンベルク侯爵と直接対戦しての感想を、素直に話す。

「ほう、お前がそこまで言うのだから、それはそれなりのことではあるのだろうな。しかし、姉上を人質に取ったことを見せつけての艦隊戦など、まともな武人の行うこととは到底思えぬが」

「しかし、彼の立場で考えてみると、損害を可能な限り出さずに艦隊戦で勝利し、新皇帝軍の武威を示すことにより政治的なアピールを行うには、その方法しかないでしょう。アンネローゼさまが、わたくしたちの弱点であることを見抜いた上で。更に、戦闘自体も、こちらの動揺と焦りを誘い、無理な攻勢を仕掛けさせて逆襲する、という実によく考えられた戦術を取っています。それに、侯爵の麾下の指揮官たちも、彼の意の通り、いやそれ以上の戦術手腕を発揮していました。我が軍の将帥たちと比べても、互角といえるでしょう。わたくしは、タンネンベルク侯爵という男は、ラインハルトさまとオーベルシュタイン参謀長の資質を両方兼ね備えた、極めて危険な人物である、と思い知らされました。敵に回した場合は、非常に嫌な相手である、と。なりふり構わず勝利を追い求めてくる彼のやりようには、恐怖すら覚えたほどです。最後の局面で、ミッターマイヤー提督が逆襲してくれなければ、わたくしは戦場を離脱できたかどうか、というところでした。下手をすると、ヤン提督より厄介な相手かも知れません」

 キルヒアイスにそこまで言われて、ラインハルトは黙ってしまう。キルヒアイスにしてみれば、ミッターマイヤーの最後の攻撃がなければ、高い確率で戦死してしまうところだっただけに、タンネンベルク侯爵を容易ならざる敵、と認識するのも当然のことである。そしてしばらくの沈黙の後、ラインハルトはワインのグラスを手に取ると、一気に飲み干した。

「まあよい。確かにキルヒアイスの言う通り、タンネンベルクは危険な男だ。私にもそれが分かっていないわけではない。このような剣呑な敵は、何としても早急に片付けねばならぬな。それには、姉上の救出が成功せなばならぬ。ロイエンタールなら、上手くやってくれるだろう。姉上の救出が成れば、一気にオーディンへ侵攻を掛け、タンネンベルクを叩き潰す」

 それが既定路線のように断言するラインハルトである。姉が救出されることを、疑ってはいないようだ。

「しかしラインハルトさま。タンネンベルク侯爵の戦いぶりを見ると、そう簡単に隙を見せるような人物ではないと思われます。アンネローゼさまの救出が成功すれば良いのですが、失敗した場合はいかがすべきか、とわたくしは憂慮するのですが」

「不愉快な事態ではあるが、その場合は長期戦だ。その内、ガイエスブルグの貴族どもが、泡を食ったようにオーディンへ押し掛け、新皇帝とやらへの忠義を競うことになる。その過程で、オーディンに向かって移動するであろう敵を、タンネンベルクとの合流前に撃破し、空になったガイエスブルグを占拠してしまう。その後は自由惑星同盟との連携も模索する。そうすれば、タンネンベルクもこちらにそう簡単には手を出せまい」

「そうですか。わたくしは、タンネンベルク侯爵が、アンネローゼさまの生命を奪うとの脅迫により、我が軍の屈伏を要求する、という事態に対する恐怖が拭えません。もし、そうなった場合は・・・・」

「もし姉上の命が奪われるようなことになれば、何があろうと絶対に、私自身の手で、タンネンベルクを粉々に切り刻んで天上(ヴァルハラ)に送り付けてやる!!生きていることを後悔するような目に遭わせて!!」

 ラインハルトの激情が、キルヒアイスを圧倒した。もっとも、このラインハルトの感情の噴出は、キルヒアイスとしても同じ思いである。

「ラインハルトさま。万が一そうなってしまった場合は、自分お一人ではなく、わたくしにも手伝わせていただけますね?ラインハルトさま一人が独占するのは卑怯です」

 真剣な面持ちで告げるキルヒアイスに、ラインハルトは笑顔を見せた。

「こいつ。もちろん、その時はお前にも手伝わせてやる。もっとも、タンネンベルクと雖も武人の端くれ。そこまでやるとは思えない、というか思いたくはないな。姉上のような、暴力沙汰には無力な女性の命を奪うなど、奴自身の矜持としても、許さないと思いたい。オーベルシュタインあたりには、『そのようなものは希望的観測でしかない』と言われそうだがな」

「タンネンベルク侯爵はまだしも、他の貴族たちがどう出るか、という問題もあります。その件に関しては、あまり楽観視しない方がよろしいでしょう。しかし、ロイエンタール提督が成功してくれれば、話はそれで済むのですが」

「その通りだ。上手く行くことを祈ろう」

 ラインハルトは再度ワインを注ぎ、グラスを傾けた。今度は一気に飲み干すようなことはせず、ゆっくりと味わう。キルヒアイスはそれを見つめつつ、自分もグラスを傾ける。後は二人とも無言となり、時間は過ぎて行った。




 8月13日を過ぎ、ナイトハルト・ミュラー中将の艦隊、旗艦「リューベック」以下一万二千隻は、ガイエスブルグ要塞正面にまで歩を進めていた。レンテンベルクを進発してから十日間、ようやくここまでたどり着いたのである。しかし、必要以上の距離には接近せず、あくまで威力偵察を心がけていた。何と言っても、ガイエスブルグの総兵力は十万隻以上に達しており、それが一斉に掛かってきた場合は、ミュラー艦隊では対処不能であるからだ。

「ふん、臆病者が。たかだか一万ほどで、しかもあんなに距離を取りおって。所詮孺子の子分など、その程度。一気に叩き潰してくれよう」

 ブラウンシュヴァイク公はメルカッツ提督を呼び出し、ミュラー艦隊の撃滅を命令した。

「盟主のご命令とあらば出撃を実施致しますが、しかし・・・・」

「しかし、何だ」

「敵艦隊との距離が相当ありますので、こちらが大兵力で押し出した場合は、逃げられてしまう可能性がかなり高いかと思われます。出撃したところで、戦果を得られるとは限りませぬな」

「構わん!奴らが逃げるなら逃げるでそれでよし。とにかく、孺子どもを蹴散らしてくるのだ!!」

 ブラウンシュヴァイク公のたっての命令なので、渋々艦隊を出撃させたメルカッツだが、最初に予想した通りの展開にしかならなかった。ミュラー艦隊は三倍以上の数で押し出してきたメルカッツ艦隊に接近するような真似はせず、ひたすら後退を繰り返すだけだったからである。追うのと逃げるのと双方の速度は全く同じなので、いつまで経っても距離が詰まらず、これでは戦闘など発生しようがない。

 メルカッツが諦めて艦隊を反転させると、若干遅れてミュラーも艦隊を反転させる。結局、同じ距離で対峙している、というだけの話だった。更にメルカッツが艦隊を再反転させると、同じようにミュラーも再反転する。二〜三回そのようなことを繰り返したあげく、メルカッツは交戦を断念し、艦隊をガイエスブルグに帰還させた。

「公爵閣下、やはり駄目ですな。敵は逃げてばかりで、戦闘に持ち込むことはできませぬ。誰が出撃しても同じでしょう」

 ブラウンシュヴァイク公は、思い通りにならないので不機嫌な顔をしていたが、実際にメルカッツが出撃し、相手が逃げてしまって効果がなかった戦況は、ガイエスブルグでリアルタイムで観戦している。これは、メルカッツに文句を言ってもどうにかなる話ではない、ということはいかにブラウンシュヴァイク公と雖も理解していた。

「あのような臆病者が相手では、さすがの卿でもどうしようもあるまい。不愉快極まりないが、致し方ないな。目障りな蠅だが、放置しておくしかないだろう。下がってよい」

 メルカッツは一礼すると、ブラウンシュヴァイク公の前を辞した。これ以上機嫌の悪い公爵の前に居続け、無意味なとばっちりを受ける必要もないからである。メルカッツが去ったあと、ブラウンシュヴァイク公はフレーゲル男爵以下近縁の者を呼び集め、恒例のようになってしまった酒宴を始めた。ここしばらくは、ほとんど連日のように催しており、公爵以下ほぼ全員がいささかアルコール中毒気味である。




 そして、8月14日。遂にタンネンベルク侯からメルカッツ提督への親書を輸送した重巡航艦「アルンヘム」が、ガイエスブルグに到着した。オーディンを出てから約四週間、通常なら三週間の航程だが、迂回路を通らざるを得ず、一週間ほど余分な時間がかかったことは致し方ない。

 シュヴェーリン伯爵は、「アルンヘム」到着の報を受け取ると、直ぐに艦に乗り込んでタンネンベルク侯の親書を受け取った。そして、メルカッツ提督に極秘の面会を求める。

「メルカッツ提督。これは、銀河帝国軍最高司令官タンネンベルク元帥閣下からの、提督への親書です。是非、ご一読下さい」

 シュヴェーリンは、メルカッツに会見するとすぐに親書を取り出した。敢えてタンネンベルク侯爵の「元帥」という階級を強調し、上級大将のメルカッツに有無を云わさぬ圧迫を加えたつもりである。シュヴェーリンの意図が通じたのか通じなかったのかは不明だが、メルカッツは無言で親書の封を切ると、内容に目を通し始めた。

「これは・・・・・・」

 一通り目を通すと、メルカッツはそれだけを言って沈黙してしまう。しばらく、重苦しい空気が場を包んだ。

「メルカッツ提督、差し支えなければ、詳細な内容をお知らせ願えませんか?」

 問いかけるシュヴェーリンである。しかし、メルカッツ提督は答えない。

「提督、小官は親書の内容を詳細に知らされている訳ではありませんが、タンネンベルク侯爵閣下としては、メルカッツ提督に自陣営の参加をお願いするとの立場である、ということは存じております。小官からも、是非メルカッツ提督には、タンネンベルク侯爵閣下のもとへの参加をお願いしたいのですが。それにて、この戦役に決着は付くはずです。無論、我らの勝利にて」

 シュヴェーリンの再度の問い掛けにも、メルカッツ提督は答えない。しばらくの沈黙の後、提督はおもむろに口を開いた。

「シュヴェーリン少将。この親書の内容への回答は、今すぐには出せない。少し、わしに考える時間をくれんか」

 ある程度は予想できた回答だけに、シュヴェーリンはそれ以上踏む込むことを止める。

「諒解しました。では、お気持ちが定まりましたら、小官にご連絡下さい。その際に、タンネンベルク閣下への連絡を付けますので」

 シュヴェーリンはそう告げると一礼し、メルカッツのもとを去った。

「閣下・・・」

 シュナイダー少佐の問い掛けに、ようやくメルカッツは口を開く。

「シュナイダー少佐、タンネンベルク侯爵は、わしを軍務尚書に、と言ってきた。無論、この戦役が勝利に終わった暁には、ということではあるが。自分一人が軍の権力を独占するつもりはないそうだ。もっとも、地位で釣るということではなく、新皇帝陛下への恭順を切々と説き、この戦役を一刻も早く終結させ、国内に平穏を取り戻すことが貴族階級の責務である、と謳った上での話だが。その為に、わしに協力して欲しい、ということのようだな。見事なまでの内容だ。文句の付けようもない」

 メルカッツは淡々とタンネンベルク侯爵からの親書の内容について話す。それを聞いて、シュナイダー少佐は頷いた。

「願ってもないお話ではありませんか。小官は、親書の通りタンネンベルク侯爵に協力し、戦役を終結させるに勝る選択はないと考えますが。新皇帝陛下に恭順するということであれば、大義名分も充分立ちます。何も、迷うことはないのではありませんか?」

 どちらかというと、不思議そうな顔で話すシュナイダー少佐である。選択の余地はない筈なのに、メルカッツが浮かない顔をしているからだ。その様子を見て、メルカッツは困惑したように話した。

「いや少佐、貴官が不思議に思うのは当然だろう。確かに、タンネンベルク侯爵の提案は、わしにとっては願ってもない話だ。新皇帝陛下に従うことも、銀河帝国の軍人としては当然のことだろうしな。しかしな、少佐。問題は、今の体制がそのまま続くことが、そんなに良いことなのか、ということなのだ。一握りの貴族が、多くの帝国臣民たちを牛耳っている、という今の体制が。ブラウンシュヴァイク公などを見れば解るだろうが、公らは民衆を便利な奴隷か召使い程度にしか思ってはおらぬ。いや、わし本人ですら、軍に入り下級兵士に接するまで、それが当然かと思っていた程なのだ。本来、貴族にはその地位に相応しい責務を伴う筈なのだが、今の帝国貴族数千家の中に、それに該当する価値のある者が、どのくらいいるのだろうか。今回ローエングラム侯が立ち上がったことにより、民衆の意識も変わりつつあることでもある。仮に貴族連合が勝ったところで、今後の帝国の統治が上手く行くとは限らぬだろうな」

「提督・・・・・」

「少佐、ローエングラム侯が覇権を握れば、そのような帝国の現在の体制を木っ端微塵に打ち砕いてしまうことは間違いない。彼が絶対の正義であるかどうかはともかく、現在の体制が変化を遂げる為には、いやすでに変化を受け入れざるを得ないところにまで行ってしまっている状況で、彼の存在を抹殺してしまってよいものかどうか。この戦役、貴族連合軍の勝利で終わらせるのが本当にいいことなのか、という確信がわしには持てんのだ。それが、タンネンベルク侯爵の誘いに乗ることを躊躇う、わしの正直な気持ちだ」

「しかし閣下、タンネンベルク侯爵なら、それは理解されておられるのではないでしょうか。侯爵やその麾下の方々が、堕落しているということは全くないと私には思われます。そういう意味では、益々侯爵に同調すべきかと思いますが」

「卿の言う通り、タンネンベルク侯はその件についても親書で触れている。現在の帝国社会のありようが、ベストのものだとは思ってはいない、とな。ローエングラム侯のような過激なやり口は到底受け入れられぬが、緩やかな改革は行うつもりだ、と。民衆の意識が変化していることも、彼は感づいている。しかし、それが上手く行くという保証はない。リッテンハイム公も、そんなことを認めはしないだろう。それでは、今までと何も変わらぬようになってしまうのではないか。そこがどうもな・・・・」

 メルカッツ提督の胸中は複雑である。そもそも提督は、ブラウンシュヴァイク公に脅迫に近い形で請われて、貴族連合軍の司令官に就任した時は、家族に別離の手紙を書いた程の覚悟で、今回の戦役に従事していたのだ。勝てるという見通しが全く立たないまま、せめて軍事面のみに限った貢献を行おう、というのがメルカッツ個人の限度であり武人としての矜持だった。このように、帝国の将来の体制についての判断を、メルカッツ個人の決断に任されてしまう事態など、想像もしていなかったし、仮に解ったところで、自分にそのような重大な判断を預けられても困惑しかしようがない、というところがメルカッツを踏みとどまらせているものである。















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