反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役










反銀英伝 大逆転!リップシュタット戦役(4)






「やむを得ぬ。艦隊は一時後退し、ヴァルハラ星系外に出る!」

 ミッターマイヤー大将は苦渋の決断を行った。到着したドロイゼン隊と合力し、倍の戦力で目前のタンネンベルク艦隊に突っかかれば、今度こそは敵を撃破できるはずだ。しかし、それはもう適わぬ夢である。グリューネワルト伯爵夫人、ローエングラム侯の姉君が敵の人質になってしまい、その命を盾に取られては、どうすることもできない。タンネンベルク伯が人質を盾に恫喝してきたことは、ミッターマイヤーの矜持からすれば許し難いことではあるが、アンネローゼの安全が確保されなければ、タンネンベルク伯にしたたかな懲罰をくれてやることはできない。一旦後退し、ローエングラム侯に容易ならざる事態を報告する、ということ以外にはやりようがなかった。

 ドロイゼン隊と合流したミッターマイヤー隊1600隻は反転すると、星系外を目指し退却を開始した。その時点で総旗艦ブリュンヒルトには一報を入れてある。これからどうするかは、ラインハルトの指示なしでミッターマイヤーが決める訳にもいかない。その指示待ちと言ったところだが、ミッターマイヤーは、意外に長期間待たされることになる。




「閣下。残念な報告をしなければなりません。帝都オーディンはタンネンベルク伯爵率いる貴族連合軍に制圧され、皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世及び閣下の姉君、グリューネワルト伯爵夫人は敵の捕虜となりました」

 ミッターマイヤーからの通信を受けたオーベルシュタインは、淡々とその事実をラインハルトに告げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ラインハルトはその事実を突きつけられ、神の織りなした造形美、とでも言える顔を紅潮させる。自らの判断の甘さ対する感情、タンネンベルク伯に対する怒り、姉の安否に対する憂鬱、その他が入り交じった圧倒的な感情がラインハルトを突き動かしたが、辛辣な参謀長を前にして、黙っている以外にはやりようがなかったのだ。

「申し上げた通り、ミッターマイヤー提督は間に合いませんでした。しかし、これは彼の責任ではありますまい。最初から物理的に不可能だった、ということでしょう。この件に関しては、閣下の見通しが甘い、とはっきり申し上げましょう」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「タンネンベルク伯爵は、はっきりグリューネワルト伯爵夫人の命を盾に、ミッターマイヤー提督を脅したのだそうです。囚われの身になった伯爵夫人の映像を通信スクリーンに出した上で。ところで、どうなさいますか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「もう一度申し上げておきましょう。グリューネワルト伯爵夫人一人の命がいかに大事とはいえ、我が軍全体の命運とは引き換えにできませぬ。直ちに、ミッターマイヤー提督に、オーディンから敵を排除するよう命令なさるべきと心得ますが。その際、グリューネワルト伯爵夫人が犠牲になったところで、やむを得ぬことです」

「・・・・・駄目だ。それだけは許可できない。こうなったら、何としても姉上をお救い申し上げるのだ!」

 相変わらずオーベルシュタインの「グリューネワルト伯爵夫人を犠牲にせよ」という提案を受け入れる気のないラインハルトであった。これだけはどうしても譲れないのである。

「しかし、グリューネワルト伯爵夫人を救出すると言っても、具体的には今のところやりようがありませぬな。敵をオーディンから追い出そうにも、伯爵夫人の命を盾に脅迫されるだけです。誰か陸戦の専門家を潜入させて救出作戦を実施するしかありませぬが、敵の目を眩ましての拠点の確保、伯爵夫人の救出行動、更にその後の脱出と、難行が山ほどありましょう。相当に時間がかかることが予想されますが。その間、タンネンベルク伯が黙って事態の推移を見ているだけ、ということは更にありそうに思えませぬ」

「ではオーベルシュタイン、卿は一体どうしろと言うのだ?!」

 苛立ちを募らせるラインハルトに、オーベルシュタインは自分の案を告げた。

「閣下がグリューネワルト伯爵夫人を犠牲にしてでもオーディンを奪還せよ、という小官の策を採用なさらないことも見越して、次善の策も考えてございます。敵に重要人物を人質に取られた、というのなら、こちらも敵にとって代替のきかない人物を、人質に取ればいいだけのこと」

「つまり、卿の言っているのは、リッテンハイム侯の娘のことか」

「さようでございます。リッテンハイム・タンネンベルク陣営の急所は、彼らが帝位に就けようとする、リッテンハイム侯爵令嬢サビーネです。こちらはリッテンハイム侯爵令嬢を人質に取り、グリューネワルト伯爵夫人と人質交換する、という方法しかありますまい」

「しかし、リッテンハイム侯の娘は、奴の領地にいるのではないか?だとすると、ここからはあまりに遠い」

「いえ、リッテンハイム侯爵令嬢は、帝位に就くためにオーディンへと呼び寄せられるはず。領地に籠もっているところではなく、移動中に捕らえてしまえばよいのです。すでに辺境星域にいるシュタインメッツ提督に通信を送り、移動中のリッテンハイム侯爵令嬢を捕獲する罠を構築させているところです。後は、獲物が網に掛かるのを待つばかりといったところ」

 オーベルシュタインは、ラインハルトがアンネローゼを犠牲にするのを拒絶した時点で、すでにサビーネを人質にする策を考案しており、辺境領域の制圧を行っていたシュタインメッツ提督に作戦指揮を依頼していた。「女、しかも14歳の少女を人質に取るなど・・・・」と渋ったシュタインメッツだったが、「グリューネワルト伯爵夫人が囚われの身となった場合には」という条件で承諾していた。実際、グリューネワルト伯爵夫人が虜囚の身となってしまった以上、もはやシュタインメッツが躊躇することはない。すでにシュタインメッツの罠は、リッテンハイム侯の領地と帝都との間に、幾重にも張り巡らされていたのである。

「ほう、卿は用意周到だな。すでに今日の事態を見越して、対策を考えていたということか」

 皮肉混じりのラインハルトの物言いにも、オーベルシュタインは一礼しただけで動じることはない。

「まあよい。差し当たってはそれしかなさそうだな。卿の策が成功することを祈るとするか」

 ラインハルトは静かに言うと、指揮官席のシートに深く身を埋め、目を閉じた。ラインハルトとしては、このオーベルシュタインの策に賭けるしか、他にやりようがない。アンネローゼの命を無視して、オーディンを占拠したタンネンベルク伯たちを攻撃するのは、ラインハルトにとっては論外である。アンネローゼを虜囚の身にしたタンネンベルク伯に対する怒りは沸騰しているが、ラインハルト最大の弱点を相手に握られてしまったのでは、全くなんともしようがない。




「卿らはどう思う?どうも我らが想定したのとは、違う局面になってきたように思えるのだが・・・・」

 ここはレンテンベルク要塞の中の一室、高級将校向けに充てられている慰安施設である。慰安とはいっても特殊な意味はなく、有り体に言えば個室付きの酒場だった。ロイエンタール大将は、ワインのグラスを傾けながら、誰とはなしに集まってきた諸提督たちに話しかける。

 集まってきたのは、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ミュラー、メックリンガー、ケンプの5名。なお、ケスラーは所用でこの席に来てはいない。今回のリップシュタット戦役では、アルテナ星域会戦でミッターマイヤーがシュターデン提督を破り、レンテンベルク要塞攻略戦では、オフレッサー上級大将の常人離れした肉弾戦闘に苦戦したものの、罠によってオフレッサーを捕らえるという奇策で、要塞の攻略に成功。しかも奮戦したオフレッサーを、貴族連合軍自身に処刑させるというオーベルシュタインの謀略も成功し、順調に勝利を積み重ねてきたっはずだった。もちろん最後まで気は抜けないが、このまま順当にいけば、最終的な勝利はラインハルト軍のものになるはず、と思われたのである。しかし、盟主と副盟主の諍いによって分裂した相手の行動が予想外の結果を生み、こともあろうに帝都オーディンを貴族連合軍の一部に占拠されるという事態に陥ってしまった。いかに戦力的には空にしていたとはいえ、オーディンを貴族連合軍に制圧される、という事態はラインハルト軍麾下の将帥たちにとっても想定外である。不和の多い貴族連合軍に、そのような意志の統一がないと不可能なはずの作戦が行えるとは、夢にも思っていなかったというのが実状であった。すなわち、相手を甘く見すぎた、ということであろうか。

「敵将はエーリッヒ・フォン・タンネンベルク提督、甚だしく厄介な相手ですな。彼と一戦して一勝しろ、などと言われたら、むしろ戦いを避ける方法を選びたく思います。直接の戦闘で叩き伏せるより、戦略的に追い詰める方法を考案する、などのように」

 メックリンガーの述懐に、何人もが頷いた。さすがに、将官の位を得ている者ばかりなので、誰もがそこそこ長い軍歴を有しており、数年前までのタンネンベルク伯の活躍を、よく知っていたからである。

「しかし、強力な敵との真っ向勝負は、武人の誉れではないのか?タンネンベルク伯がいかに強敵とは言え、奴の戦力はリッテンハイム侯爵軍の5万隻だけだ。我が軍が全力で掛かれば、撃破できない戦力でもないと思うが」

 ビッテンフェルトが異議を唱える。

「いや提督、我が軍が全力で帝都を目指せば、ガイエスブルグの敵が後背から迫ってくる危険性がありましょう。前後から挟撃された場合、負けるとまでは言えないものの、苦戦は必至ではないでしょうか?この対策も考えずに、闇雲に帝都の敵に攻撃を仕掛けるのも、いかがなものかと思います」

 ナイトハルト・ミュラーが、ビッテンフェルトの強硬論に疑念を呈した。前門の虎、後門の狼。いかにビッテンフェルトとはいえ、このような状況になっても主戦論を展開できる訳ではない。それでも面白くはなさそうなビッテンフェルトだったが、ミュラーの言っていることが間違っている訳ではないので、舌打ちしただけで静かになった。

「それよりも何より、問題はローエングラム侯爵閣下の姉君を、敵の虜囚にされてしまったことでしょうな。これでは、オーディンの敵と戦うことすらできませぬ。我らが参謀長どのなら、グリューネワルト伯爵夫人の命を無視してでもオーディンの敵を排除せよ、とでも言うのでしょうが、それはいくら何でもあまりと言えばあまりの沙汰でしょう」

「ふん、確かに奴ならそう言うだろう。人心というものをまるで考えない、効率が全ての男だからな」

 ケンプの懸念に、ロイエンタールはオーベルシュタインに当てこするように返した。もちろん、ロイエンタールはオーベルシュタインを嫌っている。いや、その場にいる全員が、基本的に義眼の参謀長を好いてはいないが、中でもロイエンタールのオーベルシュタイン嫌いは徹底していたのだ。もっともこれは、ロイエンタールと似たような形質を持っているオーベルシュタインに対し、感覚的に反発している面がかなりあることは否めない。

「しかしどうすべきでしょうな。グリューネワルト伯爵夫人をお救い申し上げなければなりませぬが、具体的にはどうすべきか。密かにオーディンに救出部隊を潜入させて奪回作戦を実施するにしても、相当な困難が予想されます。また、仮に奪回したところで、脱出の路があるかどうかという問題も」

 ケンプは、グリューネワルト伯爵夫人奪回作戦の可能性について危惧した。実際、これをやろうにも、実行することはあまりに困難である。

「しかし、それはやらねばならぬ。そうでないと、我らは手足を縛られたまま、全員で敗北の歌を奏でることになろう。その為には、誰かが帝都へ潜入し、直接現場で指揮を執る必要があるな」

 ロイエンタールは、諸提督たちを見渡した。困難な任務だが、もちろんグリューネワルト伯爵夫人奪回を命じられて、躊躇するような人間はここにはいない。問題は、誰がその任務に適しているか、ということであろう。

「この作戦は、潜入の方法、拠点の設置、奪回計画自体、脱出方法、と段階を踏んで解決せねばなりませぬ。先ずは潜入ですが、オーディンにて、手引きする者が欲しいところですな。誰か味方の人間で、敵に捕まらずに逃げ隠れしている者はいないのでしょうか?あるいは拠点にできる場所に、心当たりがある者などは」

 ミュラーの問いかけに、メックリンガーが答えた。

「確か、あの男がオーベルシュタインの幕僚にいたな。フェルナー大佐だったか。ブラウンシュヴァイク公の麾下にいたが、ローエングラム閣下の暗殺を勝手に行おうとして公爵の不興を買い、しばらく逃げ隠れした後、しゃあしゃあとローエングラム閣下に自分を売り込んだ」

「あやつか・・・・ローエングラム侯の前に出頭するまでの間は、下町に逃げ隠れしていたのだったな。奴なら拠点にできる隠れ場所も、知っているかもしれぬ。もちろん、簡単に寄る陣営を変えたような奴だから、いつ何時裏切るか解ったものではないが、さすがにもう一度裏切って、貴族連合軍に付く訳にもいくまい」

 フェルナー大佐は、グリューネワルト伯爵夫人奪回作戦を行う場合、かなり役に立つことは間違いないだろう。しかし、本当にもう一度裏切ることがないかどうか、ちゃんと見極めてからでないと、大佐を起用することは危険極まりない。しかし、この場合、フェルナーを使うのがもっとも妥当な方法だった。

「我らが参謀長どのにお縋りする、ということになりそうですな。フェルナー大佐を起用するとすると」

 ミュラーの意見を聞いて、ロイエンタールは露骨に嫌そうな顔をした。

「結局はオーベルシュタインか。まったくもって不愉快な話だ。何かといって奴の差配を受けねばならぬ、と言うのはな」

「提督・・・・・」

 ミュラーの言葉が途切れ、息を呑んだのは、そのオーベルシュタインが入室してきたからである。

「さて、卿らの自主的討論会も、何か纏まった意見でも出たところかな?」

「きさま・・・・・・」

 あらかさまに小馬鹿にしたように聞こえるオーベルシュタインの言いように、ビッテンフェルトが激発しかけるが、ロイエンタールはそれを手で制した。

「珍しいな、このようなところに。多忙ななずの参謀長どのが。我らに何の用か?」

 あらん限りの悪意を込めたロイエンタールの応酬にも、オーベルシュタインは動じることはない。

「今後の方針を伝えに来た。差し当たっては卿らはしばらくは動けぬ。ここで大人しくしているがよかろう」

「で、その間に何が起こるというのだ。重要な機密だろうに、それを我らに教えても良いのか?」

 あくまで皮肉を込めて返すロイエンタールであった。

「現在、リッテンハイム侯爵令嬢を捕縛する作戦が行われている。それに成功した後、人質交換ということになろう。グリューネワルト伯爵夫人を奪回できれば、オーディンの敵、及びガイエスブルグの敵に対し、攻撃可能になる。卿らの出番は、それ以降のことだ」

「リッテンハイム侯爵令嬢を捕縛する・・・・・・卿は、『グリューネワルト伯爵夫人を犠牲にしてでも、オーディンを奪回せよ』と主張すると思ったのだが、突然どうしたことか、宗旨替えかな?」

「無論、ローエングラム侯にはそう申し上げた。残念ながら侯はその提案を退けた。よって、私は次善の策を言上した。以上だ」

「ほう・・・・それでリッテンハイム侯爵令嬢捕縛作戦の実施か。指揮しているのはシュタインメッツ提督だな、他には可能な者がいないからな」

 ロイエンタールの指摘に、無言で頷くオーベルシュタインであった。

「案としては悪くない。リッテンハイム侯は、自分の娘を帝位に就けて、自分は帝国宰相を名乗る、といった行動に走るだろうからな。肝心の帝位継承者をこちらで押さえてしまえば、侯も取引に応じるしかなくなる。だが、必ず成功すると言えるのか?大捕物になるのだろうが、網が空振りになる可能性もない訳ではなかろう。しくじった時はどうするのだ?」

「その時は、事態の容易ならぬことをローエングラム侯に申し上げ、最後の決断を願うだけだ」

「卿は、何としてもグリューネワルト伯爵夫人を犠牲にするつもりか。奪回作戦を実施するつもりはないのか?」

「困難過ぎる。タンネンベルク伯はそこまで甘くはなかろう。水も漏らさぬ警備をかいくぐって、人質を救出するのは不可能に近い」

「やってもみないで、何故不可能と言い切れる?卿は、方法を考えることなく、諦めてしまったのかね?」

「可能性が低い方法を、無理に実行することもなかろう。それ以外絶対に方法がない、とでもいうのでない限り」

「何を言っているのだ卿は。リッテンハイム侯爵令嬢捕縛作戦が失敗したら、その『それ以外絶対に方法がない』という状況に追い込まれるのだぞ」

「そうとは限らない。その場合は、あくまでグリューネワルト伯爵夫人にこだわって我ら全てが滅亡するよりは、伯爵夫人を犠牲にしてでも、勝利を得る方がより優れた方策だ。ローエングラム侯にはそう決断していただく」

「卿は、まったく人心というものを考えない男だな。おそらくローエングラム侯は、『自分は滅びても構わないから、グリューネワルト伯爵夫人をお救いする』と命じると思うぞ。卿の案を採用することは先ずあるまい」

「覇者がそれでは困る。そういう選択をローエングラム侯にさせるべきではない。その場合は、我ら全員で反対すべきだ。例えローエングラム侯の意志に反しようとも」

「もし卿の言う通りになったらどうなると思う。ローエングラム侯は虚無に陥って、自暴自棄になってしまうかもしれぬぞ。そうなったらどうなる?ローエングラム侯は真っ当な判断能力を失い、我らに悪戯に犠牲を強いる策を強要するようになるかもしれぬ。帝国の覇権、銀河の覇権などどうでもよい、とお考えになられるようになるのではないか?そのあげく、誤った判断によって、敗北することになったらどうするのだ。卿の策は、実現性に欠けるということが解らぬのか?」

「そのような悲観的な結果になる、と決まった訳ではあるまい。それは卿の空想に過ぎぬ」

「卿の考えは確かに合理的なのだろうが、合理だけでは世の中は動かぬ、ということが明らかに欠落している。ローエングラム侯に、魂の平穏を保っていただくのも部下の勤めだ」

「そのような甘い考えを、生死を分ける戦いで実行しようなど、卿らしくもない。戦はあくまでも理をもって行わなければならぬ、ということくらい当然理解していよう?」

 オーベルシュタインとロイエンタールの舌戦は止まるところを知らない。このままでは、結論が出ないまま延々と続きそうである。収拾をつける為に、メックリンガーが割り込んだ。

「ロイエンタール提督、参謀長閣下。お二方ともおやめ下さい。ここで喧嘩をしても、話が進む訳ではありますまい」

 メックリンガーに諭され、二人とも取り敢えずは黙った。しかし両者とも、納得した訳ではない。

「ところで参謀長どの。仮にグリューネワルト伯爵夫人奪回作戦を実施するとして、絶対にやってはいけない、それを実行すると我が軍が致命的な損害を受ける、という理由はおありでしょうか?小官は特にはないと思うのですが」

 メックリンガーにそう言われて、オーベルシュタインはしばし黙考すると、おもむろに口を開いた。

「私は可能性が低い、と言っている。低い可能性に戦力を裂くのは得策ではない、ということだ」

「とは言っても、仮に実施して失敗したところで、我が軍が致命的な損害を被る訳ではないでしょう。それにその場合、参謀長としても、『可能な限りの手は尽くした』とローエングラム侯に対しても、言えるのではありませぬか?」

 メックリンガーの攻め手はそこである。「グリューネワルト伯爵夫人を犠牲にせよ」とオーベルシュタインがラインハルトに強要するにせよ、可能性のある全ての手段はやり尽くした、というのでなければ、それは無理であるのではないか、と問いかけたのだ。

「卿らがそこまで言うのであれば、ローエングラム侯に言上するがよかろう。私は賛成しかねるがな」

「これ以上話すことはない」という態度を表すように、背を向けて去っていこうとするオーベルシュタインである。

「お待ち下さい。グリューネワルト伯爵夫人奪回作戦を実施するにあたっては、参謀長にもご協力いただきたいのですが」

 ミュラーに呼び止められ、オーベルシュタインは足を止め、半身を振り返った。

「参謀長の幕僚の、フェルナー大佐に帝都潜入の手引きをしていただきたい、と考えているのですが・・・・」

「それはローエングラム侯に言上して、許可を得るがよかろう。フェルナー大佐は、私の個人的な部下という訳ではない。侯に命令して貰うのだな」

 オーベルシュタインは冷たく言い放つと、そのまま去っていく。



「チッ。いつものことながら、愛想の欠片もない奴だな。オーベルシュタインは」

 ビッテンフェルトは舌打ちした。

「そうは言っても、愛想のいいオーベルシュタインなど不気味なだけではないか?奴は無愛想な方が似合っている」

 ロイエンタールが混ぜっ返した。「愛想のいいオーベルシュタイン」を想像したのか、ビッテンフェルトとミュラーから失笑が漏れる。

「それはともかく、参謀長の言ったように、ローエングラム侯に言上せねばなりませぬな。グリューネワルト伯爵夫人奪回作戦に関しては」

「そうだ。しかし、今日はもう時間が遅い。明日朝すぐに、ローエングラム侯に申し上げるとしよう。卿ら全員、これについては異存はないな。オーベルシュタインと同じ意見の者は?」

 異存などあろうはずもなく、結局このロイエンタールの一言で散会となった。翌朝、全員でラインハルトに「グリューネワルト伯爵夫人奪回作戦」の実行を提案することになる。




「何?卿らが姉上の奪回作戦を行うと?」

「さようでございます。参謀長の案のように、こちらもリッテンハイム侯爵令嬢を人質とし、グリューネワルト伯爵夫人と交換する、という方法もあるとは思いますが、失敗する可能性も無きにしもあらずと愚考いたします。その場合に備えて、帝都へ潜入しグリューネワルト伯爵夫人を奪還する策も準備しておく方が良いと思いますが、いかがでしょうか?」

 ロイエンタールの提案に、ラインハルトは考え込んでしまう。

「小官は反対です。オーディンへ潜入しての奪回行動は、タンネンベルク伯に察知され、一網打尽にされる危険性が極めて高いと思われます。失敗する可能性が高い作戦に、人的資源と戦力を投入するのは無駄でしかありませぬ。我が軍には、戦力が有り余っている訳ではないことをお忘れなきよう」

 すぐさまオーベルシュタインが反対の意思表示を行った。終始一貫してグリューネワルト伯爵夫人奪回作戦には反対するオーベルシュタインである。

「それで、卿は反対反対をと何度も言うが、リッテンハイム侯の娘を捕縛する策が失敗した場合は、どうする気だ?グリューネワルト伯爵夫人の命を犠牲にしろ、と言うのであろう?」

 オーベルシュタインに対し、悪意を投げつけるかのようなロイエンタールの言いように、ラインハルトは顔色を変えた。

「手詰まりになった場合は、それもあり得る。何度も言っているように、我が軍全体の命運を、グリューネワルト伯爵夫人一人の命とを引き替えにはできぬのだ」

 オーベルシュタインの物言いに、ラインハルトは反射的に答えた。

「ロイエンタール、卿に姉上の救出策の指揮を命令する。直ちに帝都への潜入を始め、必要を思われる措置を取れ。但し、作戦自体はリッテンハイム侯爵令嬢捕獲作戦が失敗した後の行う事とせよ。先の作戦が成功した場合には、実行する必要はない」

「御意」

 深く一礼するロイエンタールに、オーベルシュタインは目を向け、義眼が光を放つ。ラインハルトが決断を下した以上、更なる反対意見を述べる事はさすがのオーベルシュタインも行わない。しかし、その策にオーベルシュタインが反対であることは間違いない。

「ところで、グリューネワルト伯爵夫人をご救出するにあたって、作戦実行に協力して貰いたい人物がいるのですが・・・・・」

「誰だ?それは」

「オーベルシュタイン、いや参謀長の幕僚、フェルナー大佐であります。彼なら、オーディンの下町に拠点にするような場所をある程度は知っているでしょうし、帝都潜入の手引きも可能かと愚考致しますので」

 ロイエンタールの要請に、ラインハルトはオーベルシュタインの方を見る。

「オーベルシュタイン、フェルナー大佐をこの任務に出すことは可能か?」

 もちろん、内心では「グリューネワルト伯爵夫人救出」には反対のオーベルシュタインだが、そのようなことはおくびにも出さずに答える。

「可能です。フェルナー大佐は、この任務には適しているでしょう。我が軍の人材の中でも、大佐以上にこの任に堪えうる者はいない、と考えます」

「そうか。では命令する。フェルナー大佐を一時的にロイエンタール提督に預け、姉上、いやグリューネワルト伯爵夫人奪還作戦の任に当たらせよ」

「御意」

 もちろん、内心は反対のオーベルシュタインだが、すでにその意は表明しており、ラインハルトがオーベルシュタインの意見を採用しなかった以上、更に言上することはない。



 オスカー・フォン・ロイエンタール大将率いる1000隻程の小艦隊が、オーディンへ向けて出発したのはその6時間程後の話である。アンネローゼの救出部隊を伴うだけなので、それほどの大兵力は必要ない。ヴァルハラ星系近辺の宙域には、すでにミッターマイヤーが布陣しており、キルヒアイス艦隊も追って到着する。ロイエンタールが伴う必要がある部隊は、フェルナー大佐に指揮させる陸戦隊と、それの援護部隊だけでよい。また、いかに基本的には敵がいない筈の宙域を横切って行くにしても、あまりに小戦力であると、敵の偵察部隊などに偶発的に遭遇しないとも限らない。完全に安全とは言えない以上、ある程度纏まった戦力を率いる必要はあるのだ。だからといって、一個艦隊を連れていくと、今度は行軍速度が落ちてしまう。1000隻というのは、「ある程度纏まった戦力で迅速に行動する」のには適した規模なのである。タンネンベルク伯爵がオーディン制圧作戦に率いた戦力と、ミッターマイヤーが同じくオーディンに急行した時の戦力が、同じ1000隻だったことは、どちらも偶然という訳ではない。















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